私立郁文学園 あつあつ 結花

9月11日(Sat)

結香 『ろんめるにて』

「ふぅん…そう言うことだったのね」

 藤堂先輩は納得して頷いた。

 看板の修復は田近先輩などの他のブロックの看板の人達の助けもあって無事に今日の朝完了。私達は合間合間に合宿所で仮眠をとって、昼からスタンドに看板の取りつけを開始した。鉄骨に針金で看板を一つ一つ取りつけていく看板作業の仕上げは、看板部員はもちろん手の空いている応コン部員や演舞員、その他の生徒たち総出で行われる。

 その作業も夕方には終了し、私達は夕食を『ろんめる』で食べることにしていつものメンバーでやってきたのだ。そしてそこで昼の作業の時から何か聞きたそうにしていた藤堂先輩がついに私達を問い詰め始めたのだった。

 昨日の匡輝の口止めのおかげで南軍看板が汚されたことはそれなりに知られていても、その犯人までは生徒たちに広まっていなかった。それどころか看板が汚れたのは単なる事故であることがわかったという噂が代わりに広まっており、ほとんどの生徒は大したことが起こったとは思っていない。

 もちろんそれは匡輝達がわざと広めた噂で、あの後、笈阪と一緒に出てきた匡輝が皆に提案した事だった。田近先輩はやっぱり反対したけれど、最終的にその案でこの件を誤魔化す事に同意したのだ。

 でその時に藤堂先輩はたまたまいなくて、それでも例外はなしという事で中川先輩にも匡輝が「的音にも言っちゃダメだ」と口止めしていたのだが…。やはり隠しきれはしないらしい。

「だからこの事は秘密にしておいてくれ」

 匡輝が恐る恐る藤堂先輩に頼む。

「あのね、匡輝。アンタ私がなんでもかんでも校内に言いふらすと思ってない?」

「違うのか?」

 ゴツン

「あいたたた…」

 藤堂先輩の拳が手首のスナップをきかせて匡輝のテンプルに命中した。

「匡輝はともかく。結香ちゃんはそれでいいの?」

「…正直許せませんけど…」

 私はちょっと言いよどんだ…が、もう納得はしている。

「笈阪がちゃんと謝ってきたことでケジメはついたと思いますし、その事で運動会がめちゃくちゃになるのは嫌です。それに私も少なからず責任があるわけで、笈阪だけが悪いって責めるのは一方的すぎますから」

「ふーん。ま、私としてはそれがいいと思うわ」

「なかなか順風満帆ってわけにはいかないもんだなぁ」

 そこにちょうどマスターが出来上がったお好み焼きを持ってきた。

「おし、ロンメルの小二つに並二つ、お待たせ」

「おおー…豪華だ」

 匡輝と中川先輩が嬉しそうにお皿を受取った。

 お好み焼き屋『ろんめる』特製メニュー、その名もロンメルと言う旧ドイツ軍で最も有名な将軍の名を冠したこのお好み焼きは、いわゆるデラックス焼きとでもいうものだった。それでいて値段は他のメニューとそれほど違わないのだが、何でも粉からして他のお好み焼きよりも良い物を、具も一ランク上のものを使っているらしい。

 そして何より重要なのはこのメニューはマスターの気の向いた時にしか注文できないということだった。今日は運動会前夜という事でマスターが特別に作ってくれる事になったのだ。

「マスターも聞いてたのか。この事を他の連中に話さないでいてほしいんだけど」

「わかっとる。ま、若いうちは色々あるもんだが、お前もいい選択をしたな」

 マスターは匡輝の肩を軽く叩くとまたカウンターの中に戻っていった。

「褒められてしまった」

「僕も匡輝の選択は間違ってなかったと思う。本当のところ今日の昼ごろまではどうにかして笈阪に償わせてやろうって思ってたけど…」

「笈阪君は皆の前で土下座したんでしょ?あのプライドの高い人がそこまでやったんだもの、充分…とは言わないけど、彼にしてみれば最大の謝罪じゃないかしら」

「そうなんだよな。俺もあいつがあそこまで真正面から謝ってくるとは思わなかった。いったい何があったんだか」

「いいじゃないの、問題は解決したんだから。この話はこれでお終いにして、食べましょう」

「だな。じゃ、いただきます」

「いただきます!」

 私達はホカホカと湯気とえらく美味しそうな香りをはなっているお好み焼きに一斉に箸をつけた。

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