私立郁文学園 あつあつ 結花

8月26日(Thu)

結香 『危機』

「いい加減にしろっ!」

「武藤こそ!」

「ね、ねえ。睦月も結香も落ち着いて…」

 佳子がおろおろと私達をなだめようとするが、もう二人とも自分をとめる事は出来そうになかった。

 原因は演舞の最後。『コマドリ』の技だ。これが何度やっても半分くらいの娘が出来ず、この演技を他の技に変えようという武藤と、じっくり練習すれば絶対できるはず、という私がついに今日、本格的な言い争いになってしまったのだった。

「難しすぎる技は少し変えようって言ってるだけだ。それがそんなに難しい事か?」

「そんな事言ってたらどれもこれも練習する意味なんてなくなるじゃない!最初は出来なくても練習すれば出来るように」

「こういうのが苦手な奴だっているんだよ、わかってるだろ!」

 武藤がバンバン!とピロティーの柱を演舞刀で叩きながら怒鳴る。私もどんどん頭に血が上ってきて言わなくてもいい事、思ってもいない事をどんどん言っちゃう。

 ああ、これが『売り言葉に買い言葉』って言うんだな…。わかっていても、止まらない。

「私は出来たわよ、すぐに!やれば出来るんだから…!」

「はん!才能に満ちあふれた人はいいねぇ、余裕たっぷりで!」

「……っ!」

 言葉に詰まる。

「だいたい結香は最近調子に乗りすぎなんだ。斉藤さんとの付き合いが順調だからって言って色ボ…」

「睦月!そのへんにしておきなさい!」

 彩が武藤の言葉をさえぎったけれど、その時には私はもうその場から駈けだしてしまっていた。

 

「やっと見つけた」

 匡輝が屋上に上がってきていた事には気がついていたけれど、私はそちらを見もせずに黙って柵によりかかって遠くを見ていた。

「武藤が謝ってたぞ。『言い過ぎた。ごめんなさい』だそうだ」

「……」

「寺西は『私も頑張るから』。アイツも技が苦手な一人だって?」

「……」

「蓮馬からは『本当の事を言われて怒るのはわかるけど早く帰ってきなさい』」

「……怒ってない」

「だろうな」

 意外な言葉が返ってきた。

「どうして…?」

 わかるの?

「結香はケンカになるとエスカレートしちゃう方だろう。相手の言葉より自分の言葉に興奮してどんどん言っちゃいけない事を言うタイプだ。で、その事に自己嫌悪する。違うか?」

「…違わない」

 その通りだ。もし怒ってるとすればそれは自分自身にだもの。

「ふん。どうせ私は単純だもん」

「俺とは反対だよな。俺はケンカになったらどんどん他人事みたいな言い方をしてしまう。まあどちらにしても相手を怒らせる事になるのはかわりないんだけど」

「私って結構嫌なやつなんだ。知ってた?」

 匡輝は黙って私の隣に立つ。

「私はね、運動はもちろん勉強だってそこそこ出来るんだ。自惚れって笑うかもしれないけど昔から可愛いって言われててそれなりに見かけにも自信はあったし」

「それだって本当は姉に追いつきたくて努力した結果なんだけど…姉のことは前に話したよね。私なんか及びもつかないくらいの人で、私の憧れ。だから私も勉強したし、修行にも励んだし、美容にも気を使った。おかげでラブレターも何通ももらうし、笈阪みたいなのにも迫られるし。良かったのか悪かったのかよくわかんないんだけど」

「でもね、心のどこかで他の人を馬鹿にしてるんだよ。勉強も出来ないのに、運動も下手なのに、美人じゃないのにって。そんな事思う方が馬鹿だってわかってるのに、心の奥底にそんな気持ちがあるんだ。武藤はそんな私の汚い所がわかったんだと思う。ほら、私って汚いし、馬鹿だし、嫌な奴でしょ?」

「汚いし、馬鹿だし、嫌な奴だな」

 匡輝ははっきりと私を見てそう言った。その通りなんだけど、やっぱり匡輝にそう言われると胸の奥に木の杭を打ち込まれたような痛みが走る。

「でも」

 匡輝は私の顔を優しく両手ではさんだ。

「それがどうした?」

「…え…?」

 戸惑う私。

「それでも武東は自分の嫌な所も馬鹿な所も汚い所もわかっていて、それでいて理想の自分を実現したくて生きてるんだろ?」

「それは…そうだけど」

「じゃあいいじゃないか。魂の底まで綺麗な人間なんていないし、第一つまらん。人なんて内側ドロドロでいつも悶々としててそれでいて格好良く美しくあろうとするから面白いんだ。それに俺は、元々結香がそんなに非の打ちどころのない人間だなんて思ってない」

 匡輝はニヤッと笑った。

「結香の着替えを覗いた時にきっちり本性を見たからな。まああの時の結香は聞いていた話とは全然違ってそりゃキツい奴だったから」

「…もう!そう言う話は早く忘れなさい!」

 私は軽く匡輝の肩を叩く。匡輝は笑うと私の手を握った。

「もう戻れるか?」

「…うん。ちゃんと話し合う」

 

「ごめん、結香」

 私が演舞の練習場所に戻ると、何と演舞員全員が一斉に頭を下げた。

「そ、そんな事…!悪いのは私なんだから、あの、頭を上げて!」

「いや。考えてみればまだ二週間もあるんだ。それなのに今出来ないからって行って結香が一所懸命に考えてくれた演目を変更するなんて早まりすぎた。まだやるべき事を全部やったわけじゃないのに」

 武藤がもう一度頭を下げる。彩もその隣でにっこりと笑った。

「確かにこれが決まったらとても綺麗ですものね。他の動きはもう大体出来ているのですし、まだまだ時間も余裕もありますわ」

「あの、私も頑張ります!もう少しでコツが掴めるような気がするんです」

 高木さんまで…。

 この娘はパネルを壊しちゃった事件以来、匡輝の事が気になっていたらしくて良く私達と一緒に看板の手伝いに行っていた。私と匡輝が付き合うようになってからは…祝福はしてくれたけど、やっぱり何となく私と目をあわせないようにしていたみたいだったのに、こんな嬉しい事を言ってくれる。

「…ありがとう。本当にありがとう」

「あー…泣くなよ、結香」

 武藤がタオルを「んっ!」と差し出してくれる。その不器用な優しさがやっぱり武藤らしくて、私は笑いながら泣いていた。

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