私立郁文学園 あつあつ 結花

8月18日(Wed)

結香 『破壊工作未遂』

「あれ…?」

 今日は久しぶりの演舞の練習の日。お盆休みも終わってそろそろ演舞も後半の演目を決める頃になってきている。私は佳子、武藤と一緒に看板倉庫に演舞刀などを取りに来ていた。しかし、何気なく手に取った一本の演舞刀に気になるものが…。

「どうしたの〜」

「うん、これなんだけど」

 私は佳子に演舞刀を見せた。私達の演舞に使う袴、道着はだいたい持ち帰る事になっているけれど、演舞刀と小物はまとめて看板倉庫にしまう。その演舞刀の一本にけっこう深い傷がついていた。

「何かにぶつかったのかな」

「これ、葉子のだろ。休み前にはそんなのなかったと思うぞ」

「私も知らないよ〜?それにこれって刃物の傷じゃない?」

 そう言われるとなるほど、確かにあまり鋭くはないけれど刃物が食い込んだような傷だ。

「あ、こちらもだ」

 佳子がそう言ってもう一本演舞刀を私に見せた。こちらも折れるほどの傷じゃないけれど、確かに刃物のような傷が入っていた。

「破壊工作だな」

「やっぱりワザとだよね〜…自然にこんな傷つかないもん」

 武藤と佳子の意見が一致した。

「佳子と武藤、2-5の教室に行って着替えてる娘達にそのまま待機してもらって。私は運動場に出てる娘達を集めてそっちに行くから」

「了解」「対策会議だね」

「そうね。まずは皆にも心当たりがないかどうか聞いてみないと、外部の誰かがやったとは限らないから」

 私は一応事故の可能性も考えてそう言っておいた。時々柄が太すぎると言う理由で少し削ったりする娘がいるのだ。その時に手元が狂っただけだとすると大騒ぎにする必要はないのだから。

 だが、すぐにその可能性は否定された。つまり、これは誰かが故意に傷をつけたということなのだ。

 

「そんな事があったのか」

 『ろんめる』のカウンター席、私の隣で匡輝は眉をしかめた。

「誰の悪戯かしらね」

「運営には報告した?」

 藤堂先輩と中川先輩も箸を止める。

「いいえ、まだです。本当に悪意があったのかも分からないし、事故かもしれませんから」

「まあ刃物みたいな傷がついていたってだけじゃ何が起こったのかはわからないけどな」

「マンシュタイン一枚あがり」

 気配もなくテーブルに近付いてきていたマスターが渋い声とともにお好み焼きを置く。

「お、こっちッス」

 匡輝が『マンシュタイン』…世間では普通ブタ玉と呼ばれるお好み焼きを受取った。

「なんだ、また『学園の怪人』でも出たのか」

「いや…わかんないんだけど、多分違う。今年は学園祭で大暴れしたし」

「一年に一度っていうのがお約束ですから、今回は怪人は関係ないんじゃないかと思います」

 マスターの問いに匡輝と中川先輩が首を振る。今年五月から六月にかけて郁文学園祭を大混乱に陥れた通称『学園の怪人』は学園の行事を妨害する謎の人物だが、その行動は常に一年に一度のみ。運動会に出てくることはありえない。それに、

「もし怪人ならそんなセコいことはしないと思いますよ?確実に運動会を妨害できるくらいの手は打ってくるはずです」

 藤堂先輩の言うとおり。あの怪人はやる事がなかなかにえげつない。演舞刀にちょっと傷を入れるくらいで済むはずはないのだ。実際学園祭では道具を隠されたり盗まれたり奪われたりした部もたくさんあった。まあそれらは全部途中で返ってきて、しかも様々なオマケまでついてきたらしいけど。

 そう言えば美術部もずいぶんと厄介な目に遭わされたんだっけ。

「まあお祭りの時には羽目を外しちゃう奴がどうしてもいるからね。藤堂さんと武東さんは気をつけるんだよ」

「はい、ありがとうございますマスター」

「気をつけます」

「俺達は気をつけなくていいのか」

「男は自分の身くらい自分で守れ。それともそんなに俺に心配されたいのか、斉藤。まあどうしてもと言うならお前の写真を抱いて寝てやっても」

「俺が悪かった。俺のことなんか忘れてお好み焼きを焼いていてくれ」

「まあお前の心配は武東さんにまかせておく。おっさんに心配されても仕方なかろう」

「も、もう!マスターったら!」

 わっはっは、とこれまた渋い笑い声をあげながらお好み焼きを焼き終わったマスターがカウンター奥の椅子に座って新聞を広げる。

「斉藤さんの心配はともかく、ちょっと気をつけなくちゃならないかも」

「とは言っても、出来る事は限られていますわね」

 彩の言うとおりだ。看板倉庫は事実上出入りに制限なんかまったくない。鍵は一応あるけど、ほとんどの人は隠し場所を知っている。

「四六時中見張ってるわけにもいかないしね」

「武藤、泊まり込みなさい」

「アホか。演舞刀だけ別の場所に移すか?」

「そんな事をすれば他のブロックにも疑いが広がるわ。大ごとになるわよ」

 武藤の提案は藤堂先輩に却下された。確かに今の段階ではそこまでするのはやりすぎかも…。

「一応俺の方から細谷に内々に話しはしておく。人が傷つけられたとかいう話じゃないからあまり騒ぎ立てないようにしておこう」

「坂崎君には話しておく?」

 南軍軍団長の坂崎先輩の事だ。責任感の強い熱血の人で、人望が厚い。

「そうだな…軍団長なんだし、あいつも知っておくべきだろう。明日伝えておく」

 匡輝が話をまとめたので、私達の話題は明日以降の看板作業と演舞の演目をどうするかということに移った。

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