私立郁文学園 あつあつ 結花

9月6日(Mon)

結香 『何…これ…』

「結香!ちょっと来て!」

 武藤がものすごい勢いで走ってきたかと思うと私の手をがしっと掴み、駆け戻ろうとする。私は何が何だかわからないままに数メートルも引きずられてからやっと走り出した。

「何よ、一体!」

「いいから!とにかく見てもらわないと…」

 ただ事ではないのは武藤の表情を見ればわかる。ここで言わないのは多分人目があるからだろう。つまりあまり部外には知らせたくないような事が起きたわけだ。私はとりあえず黙って走ることにした。

 武藤は看板倉庫に一気に走り込んだ。

「佳子!結香を連れてきた!」

「ああ〜、結香!大変だよ〜!」

 佳子ともう一人、一年の二十六木さんが引きつった顔で立ちすくんでいる。そして私もすぐに同じような顔で立ちすくむ事になった。

匡輝 『対応』

「ひどいな…」

 とにかくそれしか言いようがなかった。

 女子演舞の舞員達が大事に扱ってきた演舞刀が、一本残らず二つに切り折られていた。

「ノコギリ…だな、これは」

 力任せに折ったのでも鉈みたいなもので叩き切ったのでもない。もちろん模造の薙刀とは言え早い話木刀と同じ材質なのだから、人間の力でそう簡単に折れるはずもないのだが。

「結香、大丈夫?」

「……う、うん。平気…」

 結香は看板倉庫の隅で寺西に支えられるように立っていた。武藤に呼ばれて俺達がここに駆けつけてきた時からそのまま動こうとしない。相当にショックを受けている。

 今ここには俺と的音、ゴッちんと結香、寺西、武藤、そして演舞一年の二十六木さんという娘しかいない。他の演舞員にはとりあえず事情は話さずに運動場で待機してもらっている。何しろ事が事だ、下手に大騒ぎにすると何が起きるかわからない。

「まずこれを全部どこか、鍵のかかる所に保管しよう。ここにこのまま置いておくわけにはいかん」

「どこに置くの?鍵のかかる保管場所なんて…」

「美術教官室はどうかな?康邦先生にお願いしよう」

「それだ、ゴッちん」

 俺達はとりあえず切り折られた演舞刀をそれぞれ抱えた。

「武藤、何度も走らせて悪いんだけど、演舞のみんなを美術室に集めてくれないか。まだ事情は話さないで」

「…わかった」

 武藤が走っていく。

「寺西は結香を頼む。美術室までつきそってやってくれ」

「はい」

「二十六木さんは何本か演舞刀持ってついてきてくれるかな」

「わ、わかりました」

 俺達はそれぞれ五本ずつくらいの演舞刀を余りの模造紙で包んで隠すと両手で抱えると、あまり目立たないようにしながら美術室まで運んで行った。

結香 『励まし』

「とにかくもう一度話を整理しよう」

 匡輝が口を開いた。

「昨日の夜、演舞刀をしまったのは何時だった?」

「…五時くらい、かな?」

「五時二十分すぎですわ。七時間目の終わりのチャイムが鳴ってましたから」

「で、発見時間が今日の13時すぎ」

「犯行時間の幅が大きすぎるね」

「昨日絵パネをしまったのは何時ごろだったの?」

 藤堂先輩が匡輝に目を向けた。

「ああ…!あれは…十一時ごろ?」

「そのくらいだよね。寝たのが十二時前くらいだったから」

 中川先輩と頷きあう匡輝。そっか、そんな遅くまで作業してたんだ。

「でもあの時は演舞刀の異常には気がつかなかったよな…まあ注意してみていたわけじゃないけど」

「そうよね。でもさすがにあの本数がバラバラになってれば違和感はあるでしょう?それに切ってた奴もまだ作業している連中がいて、いつそいつらが来るか分からないのに犯行に及ぶかしら」

「つまり犯人は深夜にわざわざやってきて演舞刀を切り折っていったわけか…こりゃただのイタズラじゃないな」

 匡輝が腕を組むと彩も同じように腕を組んだ。

「恨み…でしょうか」

「演舞に?それとも南軍に?」

「個人と言う可能性もあるわよ」

「まさか!」

「否定は出来ないでしょう?填龍さん。あなたかもしれないし、私かもしれない。演舞とは限らないわ、関りがあるから演舞は巻き添えになったのかもしれないし」

「……その可能性もありますわね」

 彩と匡輝が頷きあった。

「どちらにしても相当な執念だよな。俺には真似できん」

「絶対とっつかまえてやる!土下座じゃ許さないから…!」

 武藤が吠えた。曲がった事、卑怯な事が大嫌いな武藤らしい。

「結香!アンタも許せないでしょ?私達の演舞刀をこんな風にするなんて!」

「ん、そうだね…」

「…結香?アンタ、大丈夫?」

 変な顔をする武藤。

「ちょっと、しっかりしなさいよ結香!惚けてる場合じゃないでしょ!?」

 でも、武藤の声が薄い絹の向こうから聞こえてるような感じ。今、自分が何をしてるのかもよくわからない。多分私はみんなと一緒に美術室の椅子に座って、車座になって会議の途中のはずなのに、夢の中にいるみたいに現実感がない。

「ごめんね、武藤。何かよくわかんなくて。私、そんなに悪いことしたのかな?」

「結香」

「結香は何も悪くないよ!悪いのはああいう事する奴じゃない!どんな理由があったって、許せるわけないよ!」

 佳子が私の手をギュッと握ってくれる。

「でもね。こんな事するのは相当覚悟がいると思うんだ。だからそのくらい思い詰めるくらいに私が何かしたのかなって…」

「だから結香が原因だなんて誰も言ってないよ!ね、元気出してよ結香…」

 ごめんなさい、佳子。なんだかよくわかんなくなっちゃった。頑張ってたのに。色々問題はあったけど何とか上手くいくって思えてたのに。

 もうお終いなんだ。

「あの」

 一年の新家さんが手をあげた。

「どうした?」

「今は原因とか犯人探しをしても仕方ないと思います。このままじゃ演舞が出来なくなっちゃうんですから、まずはそれをなんとかしないと…」

「でも、このままにしとくわけには行かないじゃない!」

「原因を取り除かないとまた同じことを繰返すかもしれないわ。それもエスカレートして」

「いや、待て。彼女の言うとおりだ」

 匡輝が立ち上がった。そのまま教官室に入り、出てきた時には二つに切り折られた演舞刀を持っていた。

「さて、この演舞刀だが」

 …あ…。あの演舞刀、私のだ。ところどころに色むらがあって、糸巻きの間隔もちょっとまちまち。でも世界に私だけの、大事な大事な演舞刀。

 それが無残に二つになっている。涙が出そうになった。

「まずこうやって鉛筆で印を付ける」

 定規と鉛筆で断面に十字を入れた。何をするつもりかわからなくて私はただ見ているだけ。

「ゴッちん。電動ドリル借りるぞ」

「はい、5mmドリル付けといた」

 匡輝は中川先輩からドリルを受取ると、私の演舞刀を足の間にはさんでドリルのスイッチを入れた。そして何の躊躇もなく断面にドリルの刃を押しつけた!

「な、何を!」

 思わず立ち上がる私。

「大丈夫だから」

 中川先輩が匡輝に詰め寄ろうとする私を押し止めた。その間にも私の演舞刀にどんどんドリルがくい込んでいく!

「次はこちら」

 匡輝はもう半分にもドリルを押しつけた。モーターの音も勇ましく、太いドリルの刃が演舞刀の柄に直径5mmの穴を穿つ。

「…ああ…」

 ひどい。もう使えなくなっちゃったんだからこれ以上ボロボロにしなくたっていいじゃない。

「で、この鉄芯を差し込んで」

 匡輝は石突きの付いた方の演舞刀の片割れを持ってさらに側の工具箱から鉄の細い棒を取り出すと、さっきドリルで開けた穴にねじこんだ。そして木工用ボンドを断面に塗り、今度は刃の付いた方の片割れを接着する。ちょうど鉄芯が両方の演舞刀を繋いで。

「ま、こんなところかな」

「わぁ〜、凄いです!」

「こりゃいいや。何とかなるね!」

 佳子と武藤が歓声をあげる。続いて演舞のほかの娘たちも笑顔を見せた。

「どうだ、結香。これならなんとかなると思わないか」

「……元どおりだ」

 正確には違う。断面からは木工用ボンドがはみ出てるし、切断された所ははっきり分かる。でも

「ボンドは乾けば透明になるし、つなぎ目はパテとやすり、あとは塗装でほとんどわからないように出来る。鉄芯も入ってるから振り回したってどうということはないはずだ」

「匡輝」

「犯人探しはあとまわしだ。とにかく今日中に演舞刀を全部修理してしまおう。明日には練習が再開できる」

「匡輝…!」

「ほら、シャキッとしろシャキッと。このくらいなら何とでもなる。学園の怪人に比べりゃ可愛いもんだろう?」

「…うん!」

 私は頷いた。

「よし、演舞員は自分の分の演舞刀を自分で修復すること、いいね!」

 填龍先輩はそう言いながらさっそく自分の演舞刀を取りに教官室に入っていく。みんなが次々に立ち上がってその後に続く。

「俺は鉄芯を買いに行ってくる。ゴッちん、後は頼む」

「まかせといて。穴あけはやっとくから」

「頼む」

 匡輝は私の頭を優しくポンポン、となでると美術室を出ていった。

「あ」

 あわててその後を追う。靴も履かずに廊下で追いついた。

「ま、匡輝」

「ん、どうした結香。鉄芯を買いに行くだけだから一人で充分だぞ」

「とても、とても感謝してる。言葉なんかじゃ伝えられないけど、本当に…!ごめんね、どうやってお礼をしていいのかわからない」

 匡輝は微笑んだ。

「結香が元気になってくれて嬉しい。それだけで充分だ」

「匡輝!」

 私は我慢できずに匡輝に抱きついた。匡輝も優しく私を抱きしめてくれる。ちょっとだけ私達は昼間の廊下で抱き合っていた。

「…そろそろギャラリーが集まってきたみたいだ」

 匡輝が身体を離す。美術室の扉の影にこちらを覗いている気配。

「じゃ、行ってくる」

「あ、待って」

 匡輝の袖をつかむ。軽く引かれて匡輝がこちらを向いた瞬間、その顔を優しく押さえる。

「ん」

 私はちょっと伸び上がると素早くキスをした。なにやら押し殺した歓声が美術室の方からするけれど、この際そんなの無視!

「いってらっしゃい」

 そう言うと私は熱い頬を押さえながら美術室に駆け戻った。

次へ

人の山田様が見てる

凉武装商隊 since 1998/5/19 (counter set:2004/4/18)