私立郁文学園 あつあつ 結花

8月21日(Sat)

匡輝 『どこに行ったのかな』

 はてな。

 俺はちょっと演舞の様子を見てみようかと思って運動場に出て、そこで首をひねった。確かに今日の朝も結香を見たのに演舞の連中がどこにもいない。四体の前はその日体育館の割当てを受けていない演舞が使う事になっており、西軍と東軍の演舞はどっちがどっちだか知らないが一体と二体で練習をしていたはずだ。と言うことは北軍と南軍の演舞はどちらともここにいるはずなのだが、どうも北軍しか見当たらない。

「あれ、斉藤君じゃない」

 一人の女子生徒が近付いてきた。ノースリーブのシャツに短くカットしたジーパンみたいな生地の短パンをはいている。その行動的な格好が短い髪に良く似合っていた。

「ええと、北軍の演舞長の」

 顔は見た事があるが、名前までは知らない。

「楠波よ。クスノキの楠に波風の波。そっか、お話しするのは初めてなんだっけ」

 そのはずだが、楠波は妙に親しげだった。俺が不思議そうな顔をしたのがわかったのか、楠波はけらけらと笑った。

「結香ちゃんから斉藤君のことはたっぷり聞いてるから何だか初めてって感じがしないわぁ」

「むむ。そうか、結香と仲がいいって言う演舞長は楠波か」

「そうそう。なあに、結香ちゃんを探しに来たの?」

「そう言うわけじゃないんだが」

「まま、照れない照れない。付き合ってるんでしょ、結香ちゃんと」

 どうも細谷といい楠波といい、なんでこんなに広まってるんだ。やっぱり結香の人気っていうのはすごいものらしい。

 すると楠波は「まあ、それもあるけどねー」と指を振った。「ちっちっちっ」と擬音がしそうな振り方だ。

「斉藤君は知らないだろうけど、あなたもそれなりに有名なのよ?結香とは違う意味でだけど」

 余計なお世話だ。

「どちらにしてもカタブツで有名だった結香とあの斉藤君が付き合うなんていったら大ニュースよ。しかも藤堂がお膳立てしたなんて」

「的音め…アイツはどこまで言いふらしてるんだ」

「それは誤解。藤堂は聞かれたら答えてるけど自分からは言ってないよ。て言うかさ、夏休み入ってからあなたと結香っていつも一緒にいたじゃない。結構前から噂にはなってたんだから」

 うっ…そ、そうなのか…。

「でも結香の言うとおり、斉藤君って表情変わらないよねー。よーく見るとうろたえてるってわかるけど」

「見るな」

「にしししし。あ、そうそう。その結香だけど2-2にいるよ。今日はあちらさんは演舞刀の飾りつけだって。うちもそろそろやんないといけないねー」

「ああ…」

 そう言えばそんな事を言っていた。今日になったのか。

「行ってあげたら?」

「…そうする」

 今さら誤魔化しても仕方なさそうだ。俺は頷くと「じゃあ」と手を軽く上げて校舎へと向かった。

結香 『綺麗でしょ?』

「こんな感じですよね」

「……まあ、遠目にはわからないでしょ。にしても武東はこういうの案外苦手ね」

 私が手に持っている演舞刀は鮮やかな黄色に塗られており、さらに赤と黒の糸が数ヶ所に巻かれて飾りとなっている。刃と柄の境目にあたる部分には白いリボン、そして刃にあたる部分は黒く塗って、金の塗料でおおきくその演舞刀の持ち主の名前をひらがなで浮き立たせている。この派手な演舞刀を伊藤先輩がデザインした巫女服のような演舞服を着た乙女たちが持って凛々しくも華やかに舞うのだ。

 で、その演舞刀はそれぞれが自分のものを作る事になっていたのだが、私の作ったそれは色むらはあるし糸の間隔はまちまちだしで、明らかに伊藤先輩や填龍先輩、それに佳子達のものと比べても見劣りした。

「昔から色塗りとかは苦手なんですよ」

「それなのに看板には手伝いに行くんだから。愛の力は偉大だわ」

「い、伊藤先輩っ!」

 慌てる私をあはははは、と皆が笑う。私は赤くなってうつむいた。どうもここ数日、演舞では私と匡輝が付き合い始めた事をネタにするのが流行っている。

 もちろん悪意からではない。むしろやっと私達が付き合うことになったのを祝福してくれているからだろう。匡輝に好意をもっていたはずの高木さんだって、この前「おめでとうございます」って言ってくれた。ちょっと泣かれちゃって困ったけど。

「あり?噂をすれば」

 伊藤先輩が廊下の方を指差した。

「ほら、斉藤来てるよ」

「えっ!?」

 慌てて振り向くと、開けっ放しにしている教室の扉のところに匡輝が立っていた。胸の所に看板に使っている鎧武者と同じデザインをプリントしたTシャツを着て首にはタオルを巻いたいつもの姿。日焼けした顔を見た途端、私は匡輝に駆け寄った。

「ほらほらっ、これ、私の演舞刀!」

 見て見て、と匡輝に差し出す。匡輝は受取るとへえ、と目を輝かせた。

「今回はまた目立つデザインになったなぁ…。いいじゃないか、これは結香が作ったのか?」

「うん!ちょっと塗りむらとかあるけど、一所懸命作ったんだから」

 匡輝が褒めてくれたのがうれしい。

「ほほう…あの武東が甘えている」

 いつの間にか横に填龍先輩が立っていた。

「お、填龍」「ててて、填龍先輩っ!」

「武東、お前って結構大胆だったんだな。見直したというかびっくりしたというか」

「い?」

「もうみんな興味津々といった感じだ。視線を一人占めだぞ」

 そう言うと填龍先輩はとことこと教室に入っていった。どうやら飲み物を買いに行っていたらしい。

 そして教室にいる舞員達は、一人残らず私と匡輝をもう目をらんらんと輝かせて見つめていた。「アツアツですわね…」「武籐先輩、可愛い〜」「恋は女を変えるのね…」などと好き勝手な言葉が飛び交う。

「はは、こりゃ大人気だな」

 匡輝も困ったように笑う。だがやはりそこは匡輝、よくよく気をつけてみないと困っているようには見えない。

「結香、ちょっと休憩できないか」

「う、うん」

 振り向くと填龍先輩がウインクした。私は自分の演舞刀を壁に立てかけると、匡輝と並んで皆の熱い視線から逃げるように教室を後にした。

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