運動会が終わって一ヶ月、そろそろ秋の気配が濃くなってきたある日曜日。休みの日だというのに制服に身を包んだ匡輝が歩いていく。
「いらっしゃい、匡輝!」
結香は門の前で待っていた。
「よう。わざわざのお出迎えか」
「うん!」
元気よく答えて匡輝の腕をとる結香。と、匡輝の動きが止まった。
「?…どうしたの、匡輝」
「結香の家ってでかいな。門から玄関まで結構距離があるぞ」
匡輝の言うとおり、結香の家はかなりの敷地面積を誇る。実際玄関から門までが50mはあるし、邸内に母屋、道場、蔵、ちょっとした林まであるのだ。ただし母屋はそれほど豪華な作りではなく、結香などは『ただ広いだけ』だと思っている。
「そうね……広い家って嫌い?」
「別に。広いのはいいことだと思う」
「そ。んじゃ行こう」
引っ張るが匡輝の脚は動かない。結香は口をとがらせて匡輝をにらんだ。
「もう!どうしたのよ、匡輝」
「もう一つだけ訊きたい事がある。その玄関の前に薙刀を持って仁王立ちしているおっさんがいるんだが、あれは俺にだけ見える霊か何かの類か」
ん?と結香が玄関を見る。いかにもわざとらしい。
結香はニヤ〜リと笑いながら匡輝の顔を見た。
「私にも見えるわよ。ご丁寧に鉢巻きまで締めた口ひげのね」
「やっぱり見えるか。それにどうも敵意を持っているように感じる。俺の気のせいかもしれんが」
「敵意っていうか…殺意ね、あれは。ほら、こうするとさらに」
結香は腕を組んでいた手を離すと今度は横合いからおもいっきり匡輝に抱きついた。
「わっ!ゆ、結香っ!今、確かに髪が逆立ったぞ、グバッと!」
「と言うわけで、これで観察終了。さ、行くわよ」
「…あれって、やっぱり」
「そ。私の父」
匡輝は結香のあとについて歩きだした。死刑台に向かう囚人のようだ。
「つまり、あの格好は…」
「昨日からうるさいんだ、根性を試してやるって。私も姉も母もとめたんだけどねー、聞かないのよ、あの人」
「やっぱ、そうだよなあ…」
匡輝はやれやれ、と溜め息をついた。それを聞いて結香の足が止まる。
「……嫌になった?」
おそるおそる結香が匡輝を見上げる。匡輝は
「まさか」
と言うと結香の手を優しく握り、今度は自分が先に立って歩きだした。
「結香が一緒にいてくれれば親父さんだろうがなんだろうが敵じゃない。俺は結香がいてくれれば無敵なんだ」
「私もだよ。ずっと一緒にいるからね、匡輝!」
二人はキュッと手を握りあうと、いよいよ眉が険しくなる親父さんの方へと、だんだん高くなる秋の柔らかな陽射しの中を歩いていった。
人の山田様が見てる
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