私立郁文学園 あつあつ 結花

9月3日(Fri)

匡輝 『泊まり込み』

 郁文学園生徒会という組織は他の生徒会とは少々違う。何が違うかと言うとその権限の大きさだ。たいてい生徒会などと言うとせいぜい雑用係に毛が生えたようなもの、生徒自治などというありもしない理念を代表する建前組織というのが実情だが、郁文学園では生徒会は教師どころか理事会とも対等に渡りあうだけの力が認められていた。だから校則、行事日程、テストの期日から授業内容にいたるまで生徒会を通して生徒が学校の方針に対して口を出せるようになっている。

 もちろんこれを嫌う教師も多いが、理事長がきっちり学園規則でこれを保証している以上どうしようもない。そのため生徒会長選挙は実に大々的にそして真剣に行われ、生徒間で派閥争いまで起こることもあった。

 今の生徒会長は都幾川という三年の女子だ。人望、実力ともにある会長で、彼女が去年の秋に会長に就任して以来、生徒会に否定的な意見を聞いたことがない。

 運動会においてはその運営は当然運動会運営委員会が受け持ち、生徒会は直接関ることはない。委員も掛け持ちはほとんどいないので都幾川達も一般生徒と同じ立場で参加しているのだが、一つだけ生徒会が行っている業務が『宿泊所』の設営・管理だった。

 宿泊所というのは読んで字の如く、生徒たちが泊まり込むところだ。郁文学園はとにかく行事が多く、その度に生徒たちが夜遅くまで準備をする。だがあまり夜遅くなるとさすがに女の子を帰したりするのは問題がある。

 そこで生徒会が体育館などを宿泊所として確保し、布団や毛布、簡単な飲食物などを用意するというのが昔からの習わしだった。利用は特に事前の届け出などの必要はなくまた費用もいらないが、代わりに翌朝布団の片づけと周囲の清掃を義務づけられている。もしこれをサボった場合は生徒会の書記部隊に実力行使を受けることになる。

「まあ朝飯まで出るのはありがたいことだが」

「やっぱりオニギリ一個とたくあん一切れじゃ足りないよね」

 俺とゴッちんは美術室で買い置きのカップめんに湯を入れていた。朝の八時じゃ『ろんめる』も開いてないし、コンビニは結構高くつく。そこでスーパーで安いカップめんをたくさん買っておき、美術教官室のコンロで湯を沸かすというのが泊まり込みが始まってからの俺たちの朝飯だった。

 もちろん美術部教師にして美術部顧問の康邦先生、通称『姐さん』はまだ来ていない。彼女はたいてい八時半の定時ギリギリに職員室に駆け込み、それから九時の授業開始時間まではまずここに来ることはない。と言うことは当然俺達も姐さんが来るまでは美術教官室に入り込んで湯を沸かすなんて出来るはずはないのだが、そこは姐さん。

「火を出したらアンタ達を火あぶりにするからね」

 の一言だけでカギを渡してくれた。その信頼に答えるためにも俺達も火の元には細心の注意を払うし、余計なものには絶対に手を触れないようにしている。

「そろそろ泊まり込みを始めて一週間…疲れてきたね」

「うーむ…だけどこりゃギリギリまで泊まり込まないと絶対間に合わないぞ」

 ズルズル、と麺を啜る。

 現在大看板の方はほとんど出来ている。あとはいくらか仕上げをすればいい。だが問題はやはり絵パネだった。看板の体育館使用許可分はとっくに使い切り、演舞の使う時間をもらったとしても後一回。今は夜に教室の使用許可をもらってその中で描いているが、どうしても効率が悪くて進みが遅い。

「来週にもう一度だけ体育館が使いたいな…。明日じゃとうてい終わらないし」

「でも演舞の方は大丈夫なのかな。練習もあまりしないで手伝ってくれてるでしょ?」

「ああ。演舞の練習をしろって言ってるんだけどな」

 結香を始めとする女子演舞はもちろん九月に入ってからは毎日練習を積み重ねている。だがまだ完成した演舞ができているとは言えないのに夕方にはこちらの手伝いに来る。正直とてもありがたいのだが、そのためにただでさえ少ない練習時間がさらに少なくなっているのも事実だった。

「にしても…暑い」

 ただでさえ暑いのにさらにカップめんなんか啜るもんだから身体の芯から温まってしまう。上半身はTシャツ一枚、首にタオルを巻いて扇風機をガンガン回しながら食べているのにもう背中は汗でぐっしょりだ。

「予報ではこれから二週間、ずっと晴れだって。運動会が雨で中止ってことはなさそうだよ」

「雨は困るし、夏は暑くていいけど…こりゃ倒れる奴が出てくるぞ」

 毎年怪我人や暑気あたりは何人も出る。骨折するほどの怪我人も出るが、『危険だから』などと言う理由で運動会の練習や演目が中止・縮小されることはない。ただしケガ・病気対策として運営には救護班が組織されており、なんと三勤交代制で学園内に常駐している。実は緑さんもそれに関っており、『毎年の事ながらキツいよねー』と口では言いながら楽しそうにしていた。

「あ、匡輝。そろそろ行かないと」

「おお」

 俺はスープを飲み干すとゴミ箱にカップを放り込んだ。ゴッちんはカロリーがどうとかと言ってスープを飲まないが、この暑さに半端じゃない運動量だ。カロリーと水分はしっかり取っておかないと本当にぶっ倒れてしまう。

「運動会準備中に授業なんかしなくてもなぁ…」

「三時限しかないんだからいいじゃない。ほら、早く!」

 やけにゴッちんがせかすと思ったら、廊下に的音が待っていた。やれやれ、ただでさえ暑いのに…。

「下級生に手を出した匡輝に言われたくないわよ」

 さっそく的音に反撃されて俺は白旗を上げる事になった。

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