私立郁文学園 あつあつ 結花

8月20日(Fri)

匡輝 『時には俺が誘うべきではなかろうか』

 最後のパネルを看板倉庫に入れ、外に忘れている道具がないかどうかを確認する。よし、今日の片づけは完了、と。軍手をとって丸めて柔道着の腰につっ込むと俺はゴッちんと一緒に外に出た。

「匡輝、今度の日曜は暇?」

「ん?ああ、特に何もないが…」

 明後日の日曜日は休みにしている。今のところ予定通りに作業は進んでいるし、やはり土日は部員の集まりも悪いから他のブロックは(よほど作業が遅れていない限り)日曜日は休みだ。

 で、その休みの日に俺としてはやりたい事があった。

「武東さんとデート?」

「…正確には誘いたいと思っているんだが。まだ何も言ってないけど」

「だと思った。でさ、提案なんだけど」

 ゴッちんによるとここから電車で20分ほど行ったところにある街の美術館で刀剣展示会があるらしい。かなりの名刀が出品されるらしいし、的音は前から刀が好きで地元の刀剣屋の常連でもあるから展示会と聞いて出かけないわけはなかった。

「で、俺と結香も一緒に行こう、と」

「武東さんは家が武術をやってるからそういうのにも興味があるかもって的音がね。匡輝もかなり好きでしょ」

 そう。俺も美術部の端くれ、美しいものには押し並べて興味がある。もちろん刀剣というものの持つ独特の美しさにもとても惹かれるものがあった。

「にしてもデートのプランまで的音任せか。何かあいつにいよいよ頭が上がらなくなりそうだ」

「いいじゃない。的音も人の世話が好きでやってるんだし、これで匡輝が断ったりしたら的音はかえって残念がると思う。まあ付き合ってやってよ」

「まあアイツにしてみりゃゴッちんとデートも出来るし、一石二鳥か。でもいいのか、ゴッちんは。二人きりの方がよかったんじゃ」

「僕はかまわないよ。そりゃ二人で行くのもいいけど、匡輝達と遊びに行くのも楽しそうだもの。匡輝は?やっぱり二人きりでどこか行きたかった?」

 ふむ。そう言われてみると…

「確かにゴッちん達と行くのは楽しそうだ。だいたい俺じゃうまく間を持たせられないかもしれん」

 実はそれが一番不安だった。今まで二人きりと言う事がなかったわけじゃないし、特に無理して話をしなくても気詰まりだった事もないけれど、やっぱりデートとなると特に男は色々と思う所があるもんなんだ。

「僕達も最初そうだったんだ。お互い緊張しちゃってどうにもならなくて…最初はダブルデートみたいな形の方がいいみたいだよ」

「ダブルデート…なんか恥ずかしい言葉だな」

「本当のことだから仕方ないじゃないか。じゃ、武東さんを誘ってみてね」

 ゴッちんの視線を追うと、結香が三番校舎と四番校舎をつなぐ渡り廊下、通称オレンジロードで待っていた。この通称は文字どおりその廊下がオレンジに塗ってある事から来ている。

「ゴッちん」

 結香に軽く手を振って的音が待っている美術室がある特教棟に向かうゴッちんに声をかける。

「いろいろ助かる。感謝してるぞ」

「やだな、匡輝。友達なんだから当然だろ」

 どうやら照れているらしい。ゴッちんはもう一度こちらに手を振ると特教棟に入っていった。

結香 『やったーっ!』

「うひゃーっ!」

 小声で叫んでベッドに倒れ込んだ私は枕に顔を押しつけた。なんかじっとしていられなくて足がパタパタ動く。

 だって、デートだよ、デート!ちゃんと付き合い始めてからはじめてのデート、それも匡輝のお誘いなんだーっ!

 中川先輩と藤堂先輩も一緒だって事だけど、それもまた素敵。あの二人もとても良い関係だと思うし、私達みたいな新米カップルにはああいうお手本が必要だもの。

 匡輝はどうか知らないけれど、少なくとも私は今まで男の子とお付き合いしたことは一度もない。もちろん恋人同士がどういう付き合いをするかは小説とか漫画とか映画とかからいくらでも学べたけれど、自分がするとなると話は別だ。

 それに…その…恋人同士であれば、いずれはまあその、そういう事もすることになるわけで。まだ付き合い始めて一週間なんだからそんなのは早すぎるって思うけど、

「でもキスはしちゃったし…」

「へえ、もうそこまで行ったんだ」

「うん、実は…」

 今、誰か返事した?

「…お姉ちゃん?」

「何?」

「……」

「……」

「…ってぇぇっっ!いつからいたのよぉっ!?」

 もうパニック状態でとにかくタオルケットに身を包んで顔を隠す!

「んー…新米カップルにはお手本が…のあたりかしら」

「く…口に出てた?」

「出てた出てた。あ、ちゃんとノックしたのよ?返事がないから入ってみたら愛する妹がなにやら悶えながら独り言言ってるんだもの。お姉ちゃんちょっとびっくりしちゃったわ」

「ううっ…!」

「一人エッチかなーなんて思ったけど違うみたいだし」

「ひひひとり…って、そんなわけないじゃないっ!」

 思わずタオルケットから顔を出して枕を投げつける。もちろんお姉ちゃんがそんなものに当たるわけはないけれど。

 案の定枕はあっさりキャッチされた。

「つまり斉藤先輩って言う人とうまく行ったのかしら。それとも違う人?」

「何で名前まで知ってるのよ…」

 お姉ちゃんは私の椅子をくるりとまわして背もたれの方をこちらに向け、私の投げた枕をクッション代わりに身体と背もたれのあいだに入れて座った。

「だってこの前帰ってきた時男の子の話って言ったらその人のことばっかりだったじゃない。あの後お母さんと私はその話で盛りあがってたんだから」

「う…お見通しだったと…」

「結香はわかりやすいもの。あ、お父さんは知らないから。あの人はそう言うことには鈍いからねー」

 ふふふっと笑うお姉ちゃん。

 お姉ちゃんは私の理想だ。背はすらりと高く、足は長い。胸は私より大きく、ウエストは私より細い。もちろん私なんかよりずっと美人で頭もよくて、将来は弁護士になると言って法学部に通っている。昔から私に優しかったけれど、反面甘やかす事もしなかった。私が宿題が出来なくて困っていると必ず教えてくれたけど、絶対に答えを教えてくれることはなかった。悪いことは悪いって時には拳骨で叱ったけど、近所の子にいじめられた時はその子の家まで押しかけて私を守ってくれた。

 だからこそ私は今までお姉ちゃんを目指してきたし、それだけじゃなくていつかは越える目標だって思ってきた。

 しかしこの目標には一つ困った癖があった。どうも私が困惑しているのを楽しむ性癖があるみたいなのだ。本当に困っている時は助けてくれるんだけど、時々わざと私を困らせてるんじゃないかと思う時がある。

 そして今はまさにその時のようだった。

「で、やっぱりその斉藤君?キスまでしちゃったのは」

「……うん」

 タオルケットから顔を出して、ちゃんとお姉ちゃんの顔を見て頷く。そうしないと匡輝に申し訳ないような気がした。

「で、今度の日曜はデートなわけね」

「うん」

「初体験はまだ、と」

「うん」

「……」

「………うわぁっ!!」

 とんでもない質問に答えてしまった事を悟り、また頭からタオルケットを被る私。

「ふふっ、まあ急ぐことはないわ。ね、斉藤君ってどんな人?」

「無愛想。無表情。鉄面皮で時々スケベ」

「あら…困った人ね」

 私は顔の半分だけタオルケットからのぞかせた。

「でも、本当は照れ屋さん。強いけど、優しいの…」

「まあ、結香ったらべた惚れねぇ…今度私にも紹介してね、斉藤君」

「うう…ちょっとだけ、イヤかも…」

 匡輝、お姉ちゃんの方がいいって言い出すかもしれない。

「あはは、結香ったら。何か心配してる?大丈夫よ、あなたにはあなたの魅力があるんだから。自分の好きになった人を信じなくてどうするの」

「そ、そうだよね。うん」

「デート、ちゃんと楽しんできてね」

「う、うん。ありがと」

「帰りが遅くなりそうな時はお姉ちゃんに連絡なさい。何とかしてあげるから」

「…なんとか?」

 何かおかしな方向に話が進んでいるような。

「そうね、ラブホテルよりちゃんとしたホテルになさい。初めてっていうのは大切な想い出になるものだから」

「ラブ…って、その」

「まあ可愛い妹のためだもの、お小遣いくらいあげるわ。男の子がホテル代を出すなんて決まっているわけじゃないし。それとも斉藤君はそう言うことを気にする方かしら」

「ホ、ホテル代…あのね、お姉ちゃん」

「でも結香、あなた達はまだ学生なんだから避妊には気をつけなくちゃダメよ。そりゃ愛しあう二人に我慢しろなんて言わないけれど、経済力もない二人が赤ちゃんなんか授かるとそりゃたいへんなんだから…って、結香どうしたの?顔真っ赤よ?」

 ぷしゅ〜〜〜〜〜っ!

 私は許容水準を越えた刺激にオーバーヒートして煙をふいた。

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