私立郁文学園 あつあつ 結花

9月8日(Wed)

匡輝 『笈阪、荒れてるな』

「ちょっとトイレ行ってくる」

 俺は岩神に手をあげた。

「いちいちそんな事言わなくていいわよ。何?ついてきて欲しいの?」

「賢木はどうかしらんが、俺にはそんな趣味はない」

「俺にもねぇよ。いいからさっさと行ってこい」

 岩神と賢木に教室から追い出される。

 今日は1-5と1-6の教室を使っての絵パネ作業だった。絵パネは約23m×3.5mの大きさに模造紙を張り合わせて(これを原紙と言う)それに絵を描き、後でそれを手持ちパネルの大きさに切り離して段ボールの台紙に貼って作る。台紙の方は応コンが必死になって作っているので、看板はそれに貼るための絵を描くのが役目だった。

 もちろん看板パネルと違ってただの紙なので外で作業するわけにはいかない。体育館のような広い所にばさーっと広げて作業できれば楽なのだが、体育館を使いたいのは俺達だけじゃない。そこで大半の作業は原紙をいくつかに切り分けて教室に持ち込んでの作業となる。

 もろちん教室にもともとあった椅子と机は廊下に放り出さなくてはならないので実にたいへんな作業だ。先日の事件のせいもあって結香達演舞もこちらを手伝う余裕はなくなっているし、応コンも手持ちパネルの修理(練習に使うとこれがまた壊れるのだ)と絵パネ台紙の製作で手一杯。したがって看板は元々あまり多くない人数でかなりのハードワークを強いられていた。

「それもあと何日か、だしな」

 俺は相変わらず蒸し暑いまとわりつくような空気の中を泳ぐようにトイレに向かった。この学園は大学並みに広いし図書館の蔵書もしっかりと揃っており、理学系の実験機材もこれでもかというくらいに持ってはいるが、さすがに全館冷暖房完備とはなっていない。教室は冷暖房が入っているが使えるのは授業中のみだから当然今は稼働しておらず、また廊下にはもともとそんなものはない。

 お?

 俺は少し気になる光景を見て足を止めた。

 窓の外、第二校舎と第三校舎の間の中庭。赤いタイル張りになっているところから通称赤庭と呼ばれている広場に笈阪がいる。一人ではなくて二三人の男子生徒と一緒だが、どうも笈阪が一方的に怒鳴りつけているようだ。「お前達が間抜けだから…」とか「本当にやる気があるのか」などと言う言葉がここまで聞こえてくる。

 怒鳴られている生徒は下級生らしく、ただ黙って笈阪の暴言に耐えているようだったが…他のブロックの事だし、特に俺が口出しをするとさらにこじれそうだ。どうやらなぐり倒すとかそう言う展開ではなさそうだし、ここは黙って通り過ぎるのがいいだろう。

 トイレから戻って笈阪の事を話すと賢木が当たり前のような顔で頷いた。

「この頃笈阪が荒れているってのはよく聞くぞ。東軍の応コン長も文句を言ってた」

「笈阪君って前は結構表面は取り繕ってたのに、この頃タガがはずれちゃったみたいだね」

 岩神は黄色の塗料が入ったボトルを持って慎重に原紙の上を歩きながら眼だけをこちらに向けた。

「あの人って武東さんに言い寄ってたでしょ?武東さんを斉藤にとられてイライラしてるんじゃないの?」

「まさか。あいつは誰彼構わず声かけてるじゃないか。単に本番近くなってきてるからナーバスになってるだけじゃないのか」

 ふむ。笈阪はそれなりに結香には真剣だったみたいだが…女に手が早い奴だからもう忘れたのかもな。俺はそれで笈阪のことは忘れて作業を再開した。

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