私立郁文学園 あつあつ 結花

9月9日(Thu)

匡輝 『絵パネ終了』

 五時になった。

「そこまで!道具の片づけに入ってくれ」

 俺の言葉を聞いて看板部員や手伝いに来てくれていた応コン、演舞などの生徒たちが色塗りを止める。事前に何度も言っていたとおり、五時をもって絵パネの色塗りは終了する。

 今日は応援団が二体を譲ってくれた。そのおかげで何とか全体のバランスも整えられて、ある程度満足できるくらいのレベルで絵パネは完成した。

 大看板ももうほとんど完成している。もちろん手を入れようと思えば入れる場所はいくらでもあるが、そんな事を言っていてはいつまでも完成しないから期限を切って「ここで完成!」と思い切るしかない。

「とりあえず一段落だね」

「ああ。まあこんなもんだろう」

 ゴッちんと笑いあう。

 できる限りのことはやった、という充実感があった。明日は切った絵パネを台紙に貼り、大看板の最終修正。そして明後日は朝から大看板をスタンドに取りつけることになる。まだまだ仕事はあるけれど、とにかく物はそろえたのだ。

「じゃあ今日は久しぶりに家に帰れることになるね。まともな食事にまともな睡眠だ」

「この二週間ずっと三体で寝てたからな…もうこのまま運動会本番まで泊まり込んでもいいような気がするが」

 絵パネを作る事になってからと言うもの、家にはほとんど帰っていない。風呂は近所のホテルに生徒会が話をつけてくれており、そこの大浴場を時間限定ながら使えるので問題ない。

「そりゃ匡輝は武東さんからお弁当作ってきてもらっているからいいけどさ。たまには学食の定食とお好み焼き以外のものも食べたいよ、僕は」

「ま、まあな」

 そうなのだ。月曜日に演舞の演舞刀が全部折られてしまった時、俺達はその修復にまるまる一日を費やした。その日の夜には折れた所はほとんど目立たないように飾りつけまで出来、火曜日からは演舞は仕上げに向かって最後の追い込みに入っている。

 そして火曜日の昼前に結香がもじもじしながら差し出したものが弁当だった。

 まだ料理に不慣れな感じのする弁当だった。ちょっと大きさの違うオニギリ、一所懸命に形を整えたんだろうなーと思われる卵焼き、焦げかけた唐揚げ。でも、下手に冷凍物で見かけだけきれいにしたものよりもはるかに温かい弁当をもらったのだ。

「ご、ごめんね。私、今までお弁当とか作ったことがなくて…」

 そう言う結香の小さな手には赤い火傷のあとがあって、俺は思わず結香を抱きしめてしまった。ゴッちんがうしろでせき払いしてくれなければその場でキスまでしてしまっていたかもしれない。

 それはともかく、そのおかげで今週は俺の昼飯はなかなかに嬉しいものになっているのだった。

 ちなみにゴッちんは学食で定食である。的音は料理と言うものが破滅的にヘタ…というより、刃物を扱うのがヘタだ。だからあいつが弁当を作ろうなどと考えるとゴッちんが受取るものは人間よりも吸血種の方が好むような代物になるし、何よりも的音の手が傷だらけになる。

 実際に一度そう言う事があってからゴッちんは絶対に的音に弁当を作らせない。的音としては実は手作り弁当を渡すと言う事に憧れているらしいのだが、こればかりは仕方ないだろう。

「斉藤、後はどうする?」

 賢木が振り向いた。こいつも毎日というわけではないが、ここ二三日は泊まり込んでくれている。口では面倒だのなんだのと言うが、結構つきあいのいい奴なのだ。

「ああ、道具だけ看板倉庫に持って行ってくれるか。それが終わったら解散ってことで」

「絵パネはどうすんだよ」

「乾いたら俺がまるめて看板倉庫に入れとく。そんくらいなら一人で出来るし」

「僕も残るよ」

「ゴッちんは的音と帰れ。約束してたろ」

 最近ゴッちんはずっと泊まり込みだから的音とあまり過ごす時間がない。的音は別に看板部員ではないから、放課後はたいてい美術室で絵を描いている。夏休みは帰りがけに二人は一緒に帰り、まあちょっとしたデートみたいな事をしていたわけだが、それがなくなったので的音は結構寂しがっているみたいだった。

「でも匡輝一人じゃ大変だよ」

「紙を丸めて運ぶだけだ。何人も残る必要はないよ」

 俺はそう言って自分の分の道具を持ちあげた。

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