私立郁文学園 あつあつ 結花

8月16日(Mon)

匡輝 『お好み焼き屋『ろんめる』』

「マスター、久しぶり」

「おう、藤堂さんじゃないか」

「こんにちは、マスター」

 行きつけのお好み焼き屋、『ろんめる』の戸口をくぐるとマスターがこちらを見て片手をあげた。あいかわらず渋い声だ。でもってあいかわらず他の客があまりいない。見た所郁文学園生が二人とサラリーマンらしいおっちゃんが一人。どちらもテーブルに座っている。

「先に挨拶したのは俺だ。無視するな」

「斉藤と中川もいたのか。悪いな、俺の眼は男がなかなか映らんのだ」

「ついでに耳も悪いときた。今日は新規の客も連れてきたのにな」

「斉藤、お前はいい男だ。今日は水を一杯サービスしよう」

「いや…もともとセルフサービスだし」

 くすくす、と結香達が笑う。俺達はカウンターの方へ歩いていった。

「ほほう…斉藤が女の子を連れてくるとはな。しかも四人。こいつはどんな悪い事をしたんだ、中川」

「あはは、後輩ですよ。一人は匡輝の彼女ですが」

「わっはっは、嘘はいかんぞ。大人をからかうもんじゃない」

「ほ、本当です」

 驚いたことに結香が小さく手をあげた。

「お嬢さん、騙されてはいかん。こいつは悪人だぞ」

「知ってます」

「…おい、結香」

「わっはっは、なかなかいい娘じゃないか斉藤。しかも可愛い。というよりまた可愛い娘ばっかりだな」

「やだ、マスターたら〜」

「見る眼があるな」

「ふふっ…そうですわね」

 寺西達もあっさりとマスターの側につく。確かに渋い声とその声に見合った大人の男の風貌、体格さらにおだて上手(ただし女性のみ)だから分が悪い。

「…ふむ、俺をからかっているんじゃなさそうだな」

 マスターはちょっとだけ結香の眼を正面からみるとニヤリと笑った。

「当たり前だ。そんな事をして何になる」

「わっはっは、世の中不思議な事が起こるもんだ。よし、注文を承ろうか」

「私はマルセイユ小」

「僕は…パイパー大」

「俺もパイパーにしよう。大で」

 とりあえず俺達三人の分は注文する。そして隣を見ると、案の定二年生四人はメニューを見て戸惑っていた。

「匡輝、これ何?」

 結香がメニューを指差す。

「あー…何と言うか、ここのマスターの病気だ。なんでも昔のドイツの軍人の名前をお好み焼きの種類の名前にしてるんだと。あと大、並、小が頼めるから」

 ちなみにマルセイユは野菜焼き、パイパーはイカ玉のことをさす。普通に「野菜焼き」や「イカ玉」ではマスターは注文を聞いてくれないので、ちゃんと太文字で書いてある方の名前を告げないといけない。

「じゃあ…私はビットマンの小」

「私はぁ…タイクゼン〜並!」

「んじゃ私はハウサー小にしようかな」

「私もハウサー小をいただきますわ」

 むう。こやつ等ためらいもなく注文しやがった。的音ですら最初はためらったのに。ちなみにビットマンは野菜玉、タイクゼンはネギ玉、ハウサーはチキン玉だ。

「おう、まかしとけ!」

 マスターはなにやら上機嫌でお好み焼きを焼き始めた。ここは自分で焼くのではなく、マスターが責任もって焼くというスタイルなのだ。実際自分達で焼くよりもはるかに上手いんだから文句はない。

 結香が「あ」と声をあげた。

「そう言えば、『ろんめる』って聞いたことある。昔の戦争映画で出てた」

「二次大戦の時のドイツアフリカ軍団の指揮官ですわ。ドイツの国民的英雄ですのよ」

「よく知ってるな、お嬢さん!偉いぞ」

「ふふ、ほんの嗜みですわ」

 蓮馬は口に軽く手を当てながら微笑んだ。ううむ、お嬢様。しかし態度はお嬢様だが、その知識は少々どうかと思う。

「まあちょっとメニューの最後を見てくれ」

「はい」

 マスターの嬉しそうな声に俺とゴッちん、的音以外の四人がそろってメニューをめくる。

「何、これ〜」

「マスター、あんたかなり変」

 寺西と武藤は正直な感想を述べた。何しろメニューの最後のページはお好み焼きについている名前の元になった軍人たちのプロフィールがぎっしりと記載されているのだ。なんとマスター手描きのイラストまでついている。

「あら、興味深いですわ」

 蓮馬には好評のようだが…。

「匡輝…なんかすごいお店だね」

「ああ、いつイスラエルからモサドが襲ってくるか心配している」

「わっはっは、いつでもかかってくるがいい!」

 マスターは大きく胸を張って笑っていた。

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