私立郁文学園 あつあつ 結花

8月17日(Tue)

匡輝 『バレーボールの日』

「おう、斉藤」

「細谷?なんだその格好は」

 今日は看板部員の集まりが悪く、まだ俺とゴッちんしか来ていない。岩神と賢木はデートで休みという話を前からしていたし、第一まだ公式には盆休み中だから誰も来ていなくて当たり前だ。それと今日までは演舞の練習は休みと言う事で結香、そしてなぜか武藤、寺西、蓮馬の三人が来ていた。

 それはそれとして細谷だ。運動会運営委員長として盆休みなんか返上して働いているはずのこいつが何やら体操服に身を包んでこんな所に現れているとはどういうことだ。

「それに運営の連中まで一緒か。今日は運営のレクリエーションか何かの日か?」

「いや。実はバレーコートが空いているんだよ。手が空いたからたまには運動しようかと言う話になってね。そうだ、斉藤達もどうだ?お前達がいれば六対六の試合が出来る」

 ふむ。確かに運営側は男女取り混ぜて六人いるようだ。そしてこちらも六人。

「よし!かかって来て下さい!」

「バレーは久しぶりですねぇ」

 武藤と寺西はやる気充分。

「結香は?」

「バレーは得意だけど」

 そっけない言い方だが、体がむずむず動いているところをみるとかなり乗り気らしい。

「私は球技はちょっと苦手でして…遠慮させていただきますわ」

 蓮馬はすみません、と頭を下げた。となると一人たりないな。

「あ〜、私一人連れてきます。いいですか〜?」

「ああ、いいぞ」

 てててーっ、と寺西がどこかに走っていく。

「今日はバレーの日にするわけ?」

「ゴッちんもやるだろ。進み具合も悪くないし、どうせ人数足りないし」

「そうだね。的音もいたら良かったのに」

 的音は今日は親戚の家に行くとかで珍しく来ていない。

「お待たせしました〜」

 寺西が一人の男子生徒を連れて戻ってきた。

「拉致!これは拉致なのねっ!?僕はこれから一体どうなるのっ」

「えい」

 ゴス。寺西の手刀が両手を握って腰を振っている不気味な男子生徒の額に食い込む。

「おう!愛の痛みだハニー」

「なんだこの不可思議生命体は」

「あ〜、私の彼氏の、創平君です〜。おかしいのは顔と頭と性格だけなんで、許してやってください〜」

「初めまして、鷹賀美創平と言います。演劇部の二年で、発声練習中を拉致られました」

「お、おお。斉藤だ」

「中川です」

 よく見ると背は高いし姿勢もいい。顔は特にかっこいいとか言うことはないが、それに関しては俺も人のことは言えん。

「南軍の看板の先輩ですね。俺は北軍ですけど顔は知ってます」

「そうか。で、君がこれからどのような処遇を受けるかだが」

「…やはりアレですか。いじくり回されてもう普通じゃ感じないような身体に」

「えい」

 ゴス

「おう!そんな身体にされたらどうするハニー」

「……大丈夫なのかコイツは」

「もしかしたら大丈夫なのかもしれません〜」

「まあおかしなのはお互い様ですから、この二人は」

 蓮馬が平然とのたまった。

「と言うわけで創平はたった今、南軍選抜バレーチームの傭兵として迎え入れられる事になりました〜」

「僕外泊届にサインなんかしてないよ!」

「ここはどこの傭兵航空団だ。と言うわけで待たせたな、細谷」

「あいかわらず変なキャラクターがお前の周りには生息しているな。まあいい。それじゃさっそく始めよう」

 俺達は運動場北のバレーコートに向かった。こちらは元々看板作業用に動きやすい服を着ているから特に着替える必要はない。俺とゴッちんはTシャツに柔道着だし、結香と武藤はTシャツに短パンだ。

 寺西だけはなぜかブルマだが…。

「ジャンケン、ほい」

「ほい」

 俺がグー。細谷がパー。

「じゃあこちらからサーブをもらう。ラリーポイント、25点の3セットでいいか?」

「よし。じゃあ蓮馬、審判を頼んでいいか」

「お任せ下さい」

 蓮馬がちゃっかりどこからか持ってきた折り畳み椅子に座ると、片手をあげた。

「運営、サーブどうぞ」

 細谷がヒュ、とバレーボールを投げ上げた。そのままジャンプして、いきなりジャンプサーブを打ち込んでくる!

 バンッ

 細い身体と眼鏡に似合わずこいつは運動神経がいい。運営だからと言ってなめてかかると痛い目にあう。

「はい!」

 武藤がきれいにレシーブした。ゴッちんがトスをあげ、結香が高く飛んでスパイクを打ち込む。ブロックは間に合わず、運営の女の子はいい反応をしたが追いつけない。

「南軍にサーブ権が移ります。0-1」

 蓮馬がこちら側に手をあげ、俺達はローテーションをする。

「ふっ」

 結香がこちらも見事にジャンプサーブを決めた。細谷がこれをレシーブする。男子生徒…確か運営の応コン長がトスをあげ、二年か一年か、知らない男子生徒がスパイクを打つ。が、これは俺とゴッちんがブロックした。

 互いに何点か取り合ううちにある程度力が見えてくる。向こうは戦力になるのは細谷と応コン長、あと背の高い女子の三人というところだ。こちらはゴッちん、武藤、結香。俺は元々そんなに運動が得意じゃないし、寺西と鷹賀美もとても楽しんではいるが、特にうまいというわけではなさそうだ。

 まあ別に勝たなくちゃならないゲームでもない。精一杯頑張ってお互い楽しめれば何よりだ。

 

「ハッ!」

 細谷のジャンプサーブ。さすがに最初ほどの勢いはない。

「中川先輩!」

「はい!」

「てりゃーっ!」

 結香、ゴッちん、武藤のゴールデントリオがそのサーブを軽々と打ち返して得点を決めた。特に結香は動けば動くほどどんどん動きが良くなっていく。

「ふわ〜っ、結香ったら相変わらず元気〜」

「ヘラクレスだねアポロンだねゴルゴンだね!」

 寺西はそろそろギブアップ気味で、鷹賀美はいよいよわけがわからない。きっと疲れているんだろう。

 ちなみに俺ももうクタクタだった。だが、あと一点だ!

「サーブ、南軍。25-26。マッチポイントです」

 サーブは…むう、寺西か。

「い〜き〜ま〜す〜」

 ぽーん…

 寺西のアンダーサーブがふわふわ〜と飛んで行く。さすがにこれはあっさりとレシーブされ、トスされ、そして細谷がグン!と飛んだ。

「セィッ!」

 ドシン!と音を立てて打ち込まれるスパイク。しかしその最後の力を込めて打ち込まれた一撃は、結香のブロックに見事に弾かれていた。

「ゲームセット。27-25、第三セット南軍。ゲームは2-1で南軍の勝ちとなりました」

「勝った〜!」

 寺西が鷹賀美と手を取り合ってぴょんぴょん跳ねる。寺西は可愛いが鷹賀美ははっきり言って気持ち悪い。

「うえ〜っ、疲れた…」

 限界だ。俺はばったり倒れてあおむけになると見苦しく両手両足を投げ出した。運営側の連中も状況は似たようなものらしく、女の子も地面に寝転がって「疲れたーっ!」と叫んでいる。

「もう、匡輝。このくらいでへばってどうするの」

 ふいに陽射しが遮られた。眩しくて閉じていた眼を開くと、すぐ横に結香が座っている。健康的な太ももが間近に迫り、俺は思わず目を逸らした。

「結香、元気だな…」

 それだけ言うのがやっとでハアハアと息をつく。

「稽古に比べればこのくらい軽い運動だよ。匡輝もウチの道場で修行しない?」

「…少なくとも今は遠慮しておく。ていうか結香達の運動量が異常なんだよ…」

 ゴッちんの運動能力が俺より遥かに高いことは知っていたが、結香と武藤のそれもすごいものだった。こいつら、そこらの運動部員なんかよりはるかにレベルが高いぞ。

「ね、ジュース買ってきてあげようか」

 そう言いながら立ち上がろうとする結香。

「いい、まだそこにいてくれ」

「そ、そう?」

「陽射し避けだ」

「…もう!」

 照れ隠しにそんな事を言ってちょっと怒られる。本当はもう少しだけ側にいてほしかっただけだ。何だか俺は変になったらしい。なにをラブってコメっているんだろう。似合わないことこのうえないのに。

「斉藤、ギブアップか」

 さっきから何となくこちらを見ていた細谷が近付いてきた。いかん、どうやら気を使わせていたらしい。

「お前は何で生きている…最近の運営は化け物か」

「この程度の体力がないと運営なんかやってられないよ。にしても武東さん、凄いね君。話には聞いていたけど、ウチのバレー部のレギュラーより上だよ」

「いえ、私はただ力任せなだけで」

「そんな事はない。技術、眼、センス、どれも充分だ。色んな部が獲得競争をしたのもよくわかる」

 結香は今年の四月にほとんどの運動部から熱烈な勧誘を受けたらしい。だが未だに帰宅部を貫いている。なんでもちゃんと帰宅して道場で稽古を積まなくてはならないので部活をやっている暇はないらしい。ときどき薙刀部には指導に行ってはいるそうだが。

「あー、それと。ウチの連中が聞いてこいって言うんでその、失礼じゃなかったらいいんだけど」

 言いにくそうに眼鏡をなおす細谷。だいたい何が言いたいかはピンと来た。結香もすぐにわかったらしい。

「武東さんって…斉藤と、あー…」

「付き合ってます」

 赤くなりながらもえらく嬉しそうに頷く結香。

「そ、そうなんだ。いや僕が聞きたかったわけじゃないんだけど」

「細谷がそんな事聞きたがるとは思ってないが、まあ本当だ。しかしもうそんなに話が拡がってるのか」

「藤堂さんに知られている以上学園全体に拡がるのは時間の問題だよ。わかっているくせに」

 ……確かに。

「まあ隠すわけじゃないが、あまり言いふらすようなことでもないからな。俺はかまわんが、結香は女の子なんだし」

「わかってる。運営の方には人の恋愛事をどうこう言うような奴はいないから」

 そう言うと細谷はじゃ、また、と言って運営の連中を連れて戻っていった。まだこれから一仕事あるんだろう。

 俺はそれから五分くらい結香と一緒にバクバクする心臓をなだめていた。

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