私立郁文学園 あつあつ 結花

8月12日(Thu)

匡輝 『お誘い』

 六時になった。

「匡輝、買ってきたよ」

 ゴッちんが氷を買ってきた。俺は部員に「よーし、今日はそのくらいにして片づけに入ってくれ」と言うとバケツカルピスを作るために立ち上がる。

 バケツに板氷を入れ、布巾を当ててカナヅチで力一杯

 ゴキン!!

 と割る。この時にちゃんと一人がバケツを押さえていないとかなり悲しい事になるので注意だ。

 大まかに氷を割ると次はカルピス。一本丸ごと注ぎ込み、次にそこらの水道から水をドバーッと入れて完成。

「よーし、片づけ終了したら飲んでくれ。後は各自解散ー」

「はーい」

 部員達ももう心得たもので、六時近くなったらハケや塗料缶(ペットボトルを再利用)を片づけはじめているので後はパネルを倉庫まで持って行くだけだ。枚数が結構あるのでかなり時間はかかるのだが、それが終わった頃にはカルピスの中の氷も溶け、ほどよく冷えているから問題はない。

 俺はゴッちんと二人でカルピスの紙コップを持って木陰に座った。部員達は思い思いにカルピスを注いでそこらで飲みながら談笑したり、あるいは着替えるために部室や教室に行ったり、剛の者はTシャツと柔道着のまま帰ったりしている。

「だいたい予定通りだな」

 台風で多少出足が悪かったのだが、時々女子演舞が手伝いに来てくれるのでそれを目当てに男も来る。おかげで人手も多くなり、今年は結構順調に進んでいる。

「そうだね」

 ゴッちんはゴクゴクとカルピスを飲み干した。はて。

「匡輝、ちょっと聞いていい?」

「俺の今日のパンツの色か?」

「はいてたの?」

 真顔で聞き返すゴッちん。親友ながらこやつの脳髄を時々開いてみたくなる。

「隠していたが、実は穿いてるんだ。…で?」

「匡輝って、武東さんのこと好き?」

「ゴフッ!」

 ゲホゲホゲホッ!

「大丈夫?」

「ゴホッ、ゴホッ…大丈夫っていうか…何を言い出すんだ、ゴッちん」

「最近仲いいでしょ、武東さんと匡輝。そろそろ付き合ってたりするかな、と思って」

「まったくそんな事はない。そんな風に見えるのか」

「少なくとも匡輝は武東さんの事を嫌ってないと思う」

 反射的に否定しようとして、ゴッちんの真面目な顔を見て思い直す。ゴッちんは俺を冷やかそうとかする奴じゃない。こういう話をする時は本気で俺のことを思って言ってくれているのだ。

 俺は…

「嫌いじゃない。いや、多分かなり気に入ってる」

「それは後輩として?友達として?それとも…」

「女として、だろうな。そりゃ俺だって武東は綺麗だと思うし、性格だっていいと思う。好みじゃないなんて言ったら俺はただの嘘つきだ」

 少し恥ずかしいが誤魔化したりしない。ゴッちんはそういう付き合い方をしても間違いのない人間だ。ゴッちんは嬉しそうに頷いた。

「うん、武東さんは匡輝の好みだと思ってたんだ。それにお似合いだと思う。匡輝みたいにちょっととっつきにくい人には武東さんみたいなすっぱりした人がいないとダメだよ」

 うんうん、と腕組みして一人で納得している。

「でも付き合うなんてことはないぞ」

「…どうして?」

「武東が俺のことを男として好きなわけがないだろう。嫌われてはいないと思うけど、あくまでも先輩後輩の仲っていうだけだ」

「どうかな。武東さんは匡輝の事、ただの先輩だとは思ってないと思う。明らかに僕とか大西とかに対する態度と匡輝と話してる時の態度は違うもの。匡輝だってわかってるはずだよ」

 自信ありげにゴッちんは俺の眼を見た。

 …そりゃ俺だってそう思った事がなかったわけじゃない。台風の時も、パネルが壊れた時も、プールの時も、少しだけ先輩と後輩っていう関係よりは近いんじゃないかな、と思ったのは事実だ。

 だけど、それは自分に都合のいいただの自惚れだと思ってきた。今までだって俺は女の子に好かれてるかも、と思った事は何度かある。だけどいつもそれは勘違いか、あるいはせいぜいちょっとした好意くらいのものだった。しかも武東は二年でもアイドル的な扱いを受ける人気者だ。その彼女が俺なんかに気を向けるはずがない。

 でも、ゴッちんが言うのなら、もしかしたら俺の勘違いとか自惚れだけじゃないのかも知れない。

「匡輝はいつも他人の気持ちをきっちり読んで動くよね。それはすごいと思うんだけど、時には自分から相手にアプローチする事も大切だよ。それで相手の気持ちが変わる事だってあるんだから」

「…そうだな。そう言うのも有りかな」

「有りだよ」

 ゴッちんは何やら嬉しそうに頷いている。俺が武東に対する好意を認めて自分からアプローチする気になっているのが友人として嬉しいんだろうと思う。ゴッちんは人の喜びを自分の喜びとすることのできるとても良い男なのだ。

 ま、それはいい。いいが、俺の知っているゴッちんは自分からこういう話を振ってくるような男じゃなかったはずだ。これは多分、奴の仕業だ。

 黒幕は暴かなくてはならない。

「でゴッちん。何でゴッちんが武東の話なんか始めたんだ?」

「うーん…ちょっと話題になってるから」

「ほう」

 反応が速い。いかにもこう聞かれたらそう答えるというシミュレートが出来ていたような速さだ。俺は考えを読まれないように黙って眼で先を促した。

「武東さんって人気あるけど今まで特定の彼氏って言うのはいなかったみたいなんだ。それがこの所匡輝とはよく喋ってるし、作業は手伝うし、匡輝だってまんざらでもなさそうって的…いや、そう言う話が出てて」

 よぉくわかった。

「やっぱり的音から頼まれたな」

「…え?ううん、何のこと?」

「ゴッちん。俺達は親友だ。隠し事は無しにしようじゃないか」

「僕は隠し事なんて」

 誤魔化そうとするゴッちんだが、先天的に嘘がつけない男だ。眼のそらし方、声の震え、そわそわした身体の動きが全てを物語っている。

「的音めぇ…ゴシップ好きもいい加減にしろってんだ。ゴッちんまで手先に使うとは」

「て、手先だなんて。僕は」

「皆まで言うな」

 一所懸命に的音を弁護しようとするゴッちんを手で制した時、向こうから話題の人がやってきた。

「斉藤先輩。あの、ちょっといいですか」

 武東はもう着替えてセーラー服姿になっていた。演舞の練習の時にはツインテールにしている髪は今は下ろしている。

「あ、武東」

 さっきまであんな話をしていたからか、いつもより武東を意識してしまう。俺は邪な動揺を悟られないようにいつもにも増して冷静な表情を作った。

「えと、明日の夜なんですけど。お暇ですか?」

「夜…は特に何もないが。何でだ」

「三園公園の花火大会の事なんですけど」

「ああ、明日だったな」

 そうそう、明日は三園の花火大会だ。

 三園公園の花火大会はこの街でも最大級の花火大会だ。毎年八月第二週の金曜日、つまり明日に開催される。数万人が集まるという催しであり、俺達は去年は学園の屋上から見物したものだ。

「演舞の者達と行こうと言ってましたら、でしたらお世話になっている先輩達もお誘いしましょうということになりまして。私が代表でお誘いに来ました。どうでしょうか?」

「…ふむ。どうせ時間はとるつもりだったけど」

「中川先輩は一緒に行かれることになっているんですよね」

「そうなのか?」

「あ、うん。的音が誘われて、僕も行く事になったんだ」

 じゃあゴッちんが俺を誘っても良かったような気がするが…まあどちらでもいいか。武東から誘ってもらえるのは悪くない

「それじゃ行く。どこで待ち合わせよう」

「では明日、七時くらいに倉庫前ということでよろしいですか?」

「了解」

「それでは今日はこれで。失礼します」

 ペコリ、と頭を下げてから武東は去って行った。

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