私立郁文学園 あつあつ 結花

8月2日(Mon)

結香 『看板のお手伝い』

 本日は演舞の練習はない。その代わりに演舞幹部が集まって演目を決める事になっていた。全員じゃなく中幹部や小幹部と呼ばれる生徒が集まっている。ちなみに幹部は三年とは限らず、特に三年の少ない南軍女子演舞では五名の幹部のうち三名は二年が占めている。言わずと知れた佳子、武藤、彩なのだが。

 さて女子演舞は演舞刀を使う事になっているが、時間が五分以内であれば基本的に何をやってもよい事になっている。だから例年ロックやクラシックにあわせたダンスみたいなものとか、アクロバティックな演技を取り入れたものなどがあり、それが優勝する事も少なくない。つまりはあまり伝統的な形での演舞にこだわる必要はないのだ。

 だけど今年の南軍女子演舞はそう言う意味では伝統的な演舞になる予定だった。私はこれでも名門と言われる薙刀道場の娘だし、第一あまりチャラチャラしたものは好きじゃない。やっぱり演舞は太鼓の音に合わせてピシッと決まった型を演じるのが本筋だと思う。

「そうは言ってもただ全員が同じ動きしていればいいってもんでもないでしょ」

 三年の填龍先輩がそう言って出してきた案は少々派手かな、とも思ったけれど、確かに決まれば格好いいものになりそうだった。

 序盤はきっちり全員が全く同じ動きを行い、統一感を出す。中盤から全体が五つに分かれ、それぞれが別の演舞をしつつさらに絡み合って行く。後半、五つが三つになり、三つが一つになって最後に花のように演舞刀を広げて終るという四曲構成になっていた。

 填龍先輩がしっかりと動きまで書き込んできた企画をじっくりと見る。

「難しそうだけど、練習する価値はありそうです」

「そうでしょ。武東はどうもこの辺のセンスに欠ける」

 少しムカッとするが、填龍先輩に悪気はない。この人は誰に対してもこんな感じなのだ。それに言うだけのセンスはあるし、演舞に関しては三年間やってきたベテランだから私よりもよっぽど詳しいので怒るに怒れない。

「だけど実際の動きに関しては私は素人だから、そこは武東にまかせる」

「わかりました」

「三果はこの演目に合った衣装飾りを考えて。五つに分かれてまた合流するから、別れた時には目立つし、合流した時には統一感の出るようなものがいいんだけど」

「あー、わかった。考えとくよ」

 被服部で、お洒落のセンスには定評のある伊藤先輩は軽く頷いた。これもこの人に任せておけば大丈夫だろう。

「あの、填龍先輩。私達は何かしなくていいんですか〜?」

「もちろんあるぞ。お前達は武東をしっかり見張ってろ」

「はい?」「何ですか、それは」

「コイツは放っとくと常人に真似の出来ない技を演技に組み込むからな。特に武藤が一発で出来ない技は禁止。武東も一人で動きを考えずに必ずコイツ等と考えろよ」

「うっ…」

 思わず口ごもる私。

「確かにな…武東の動きは時々信じられないからな」

「ですわ。この前も雑技団みたいな演舞刀の扱い方をされてましたもの。ええご安心下さい、填龍先輩。しっかり監督いたしますわ」

 人をサーカス芸人みたいに言うな。

 

 とにかく話し合いはすんなりと終わった。三時くらいまでかかるつもりだったんだけど、時計を見るとまだ一時半だ。填龍先輩は伊藤先輩と衣装の材料を物色にいくとかで先に教室を出ていった。

「少し時間が空いちゃったね〜」

「どうされますか?早速動きを考えます?」

 どうしよう。

「ううん、もう少し考えさせて。填龍先輩の案はいいと思うけど、五つに分かれるってことは五つのパターンを考えなくちゃならないわけだから…」

「そうだな。すぐには無理か」

「ねえねえ、提案。看板見に行こう」

「あら、それもいいですわ」

「そろそろ色も付きはじめてるはずだしな。行くか」

 ガタガタッと立ち上がる友人達。

「結香、行きましょう」

「ええと…行くの?」

 もちろん嫌なわけじゃないんだけど…ちょっと斉藤先輩と顔を合わせるのは…は、恥ずかしいかな…。

「おや、どうしたんだ」

「行きたくないの〜?」

「ううん、そう言うわけじゃないんだけど。冷やかしって言うのはどうかな、と」

 こんな言訳ではこいつらが納得しないことは判ってるけど…

「あら、この前の土曜日のことを気になさっているんですの?」

「ーーーっ!」

 がしっ!と彩の腕を掴むと一気に教室の隅まで持って行く。

「ちょっと、何言ってるのよ、彩!」

「あらまあ図星ですのね」

「ずっ、図星って…!」

「斉藤先輩に厚かましい女の子だって思われたんじゃないかと心配なのでしょう?」

「ううっ…!」

 その通りだった。

 先週の土曜日、あの後私は結局夜八時すぎまでパネルの修理を手伝った。途中でお腹が空いたなーと思ってたら斉藤先輩がどこからか菓子パンを取り出してきてくれて、おいしくいただいちゃったりもした。もちろん演舞の娘がやったことだからその責任を取って手伝ったんだけど、何でだろう、とても楽しかった事も事実なのだ。だからずいぶんとはしゃいじゃったような気もする。

 その時は良かったんだけど、寝る時になってベッドの中で急に恥ずかしくなった。だって考えてみれば相当強引な事をしたわけだ。

 斉藤先輩は私の事をどう思っただろう。いきなり倉庫まで押しかけてきて一方的に手伝うって叫んで、仮にも男女が二人きりなのに延々と喋って笑って、ついでに厚かましく自分の夜食まで食べていった女の子…ううっ!考えれば考えるほど自分のバカさ加減に愛想が尽きるーっ!

「大丈夫ですわ」

 彩は力強く断言した。

「あの方ならば嫌な事は嫌、とはっきりおっしゃいますもの。結香が手伝うのを受入れたということは斉藤先輩ご自身がそれを望まれたと言う事ですわ。例え結香が修理もせずにひたすら斉藤先輩のお話を聞いていただけでも、三つあったアンパンのうち二つを食べてしまっても、きっと許していただけます」

「彩…」

「さ、参りましょう」

「…うん。でもその前に」

「どうされました?」

「な・ん・で、アンタがそこまで詳しく知ってるのよーっ!さては覗いてたなぁぁっ!」

「ひええーっ!」

 

「斉藤さん、どんな感じですか。出来てる?」

 私達が見に行くと、看板は今まさに作業の真っ最中だった。斉藤先輩と中川先輩はカラーコピーされた元絵を持って部員達に作業を割り当てている。水性塗料だから特に変な匂いはしないが、制服姿で近寄るのはちょっと危険。

「あれ、演舞は今日は練習休みか」

「はい。動きとかを話し合ってたんですけど、もう終わりました。で、看板の進み具合を見たいって佳子達が言うんで」

「うわ、コイツ私達をダシにしたぞ」

「素直じゃないよね〜」

 何やら後ろでささやきあう二人は無視して、斉藤先輩の様子をうかがう。…良かった、この前のことは気にしてないみたい。

 でも…そもそもなんでそんなに斉藤先輩が私のことをどう思っているのかが気になるのかは…いいや、この際あまり考えないことにしよう。

「まだ始まったばかりだから何とも言えないけどな。ちょっと予定よりは遅れてる」

「そうなんですの?」

「人手が足りなくてな。まあ毎年の事だからわかってはいたんだが…こればっかりは強制するわけにもいかないし」

 もしかしたらこの前のパネルの破損が原因だろうか。

「この前のことは関係ないからな。先週半ばくらいに色塗りに入れたらいいなと思ってんだが、下書きにちょっと時間を食ったんだ。正直あれは助かったんだからそんな顔するなよ」

「は、はい…顔に出てました?」

「武東って結構表情が素直だもんな」

「ああ、確かに」

「結香ってよく百面相してるから〜」

「…あんたらー」

「俺はそういう方が好きだぞ。鉄面皮よりよっぽどいい」

「えっ…!そ、そうですか?」

「ああ。俺なんて表情に出すのがヘタだからほら、前も武東を怒らせただろう」

 そうだ。あの覗き事件の時には確かに私は先輩の落ち着き払った態度に腹を立てていた。でも今じゃあれは先輩なりの照れと言うか意地っ張りだってわかってるからどちらかと言うと可愛いとすら思えたり…って、何考えてるのよ、私はっ!

「また百面相してますわ。結香って本当に可愛いんですから」

「なっ、何も考えてませんっ!」

 て、しまった。どんどこ墓穴を掘っている。

「それよりも!」

 こういう時は話題の転換!

「斉藤先輩、私お手伝いしましょうか?」

「何を」

「看板の作業です。今日はする事もありませんし、確かに人は少なそうですから」

 見た感じ十人くらいしかいない。

「それは正直助かるんだが、その格好ではちょっと…」

「大丈夫です、体操服は持ってきてますから。あの私着替えてきます!」

 私は先輩の答えを聞かずに教室へと駆け戻った。

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