私は皇都に行くのはこれで二回目だ。昨年、
だが今回は事情が異なる。なにしろ私達は謀反した一族のおそらくは最後の生き残りである
よって我らは堂々と皇都に入るわけにはいかない。馬車を置いていくのはもちろんのこと、全員揃って入都することも不可能だった。
実は皇都に出入りする事はさほど難しくはない。戦時でもあるまいし、なによりも商都として栄えているこの皇都で人や物の出入りを厳しく詮議する事は害の方が大きいのだ……と、閃兄が言っていた。だから私達が入るのも一人一人であれば見とがめられる事はないだろうが、さすがに五十人の団体となればそのまま城門を通れるとは思えない。門番がどれだけ無能でもさすがに詮議するだろう。
というわけで私達は皇都の周辺都市の一つである茱に入り、そこの
私は
「私も兄様と一緒に行くわよ!」
「
「いや、かなり前になるが二度来た事がある。どちらも
「かなり前と言われますと、昨年などではないのですね」
「ああ。最初に来たのが六年前で、その次が四年前だな。六年前には城壁もろくに出来ていなかったし、四年前だって南門にこんなものはなかったような気がするが」
「この岳兎塔は神領大革命十五周年ということで三年前に建てられたそうです。私が昨年皇都に来た時は東の滝鯉塔に祖父と共に登りました」
「そうか、大革命の……」
だが
「さて行きますぞ。そろそろ入っておかねばならぬ時間でござります」
武が私達を促した。
「もし門番に何か聞かれたら打ち合わせの通りにお願いいたしますぞ」
「わかっておる」
私は着替えと短刀のみ入っている鞄を持ち上げた。皇都は他の都市と同じく、刀までの携帯は許されている。だが私達は近くの街から友人を訪ねて皇都まで来たという設定だ。それが鴛鴦鉞などを持っていてはおかしかろう、ということで、私達が持っている武器らしい武器は
門を通ろうとする人々は多い。商人、旅人、傭兵、その他色々な人々が歩いている。門番は油断こそしてはいないようだが、特に人々に声を掛けたりはしていない。これならば何の問題もなく入都できるだろう。
とその時、一人の門番兵がこちらを見た。しばらくこちらを見続けている。と、もう一人の兵もこちらを見続けている兵に何か言われ、視線を動かした。
いかん。何か気づかれたか。
「そのまま。何も気づいていないふりをしとけ」
「だが」
「心配ない。このまま歩け。余計な事を考えていると本当に疑われるぞ」
そのまま歩き、門を越え、皇都に入る。結局その兵達はこちらをずっと見てはいたものの、特に何をするでもなく、やがて視界から消えた。
「……何だったのだろう」
都に入り、大通りの喧噪に紛れながらそっと
「なにがわかってないというのだ。やはり私達の正体がバレていたのか」
「違う違う。あのな」
「つまりだな、アイツ等はラティアを見てたんだよ」
「……?私を、か。何故だ」
私よりは
「そういう意味じゃないんだがな……。つまり、ラティアは……そのなんだ、目立つだろ」
だから目立つのは
「
くすくす、と
「
「うむ。若い兵達には目の保養になった事でござりましょう。今頃彼らは門番の担当であった事を感謝しているはずですぞ」
武までそんな事を言う。思いがけない言葉に狼狽して私は意味もなく手を振った。
「私は、その、そんなに言われるほどでは」
「
そ、そうなのだろうか。いや、
「あー……その、まあ、そう言う事だ」
「俺も男だからな、アイツ等の気持ちはわからなくもない。
「そ、そうか」
何故だろう、無性に嬉しい。今まで「姫様は美しい」という意味の言葉をかけられなかったわけではないが、このような嬉しさを感じた事はなかったように思う。閃兄や母様から言われる時とも、武や椅薙達から言われる時とも違う……誇らしいような、恥ずかしいような、それでいて胸の高鳴る嬉しさだった。
「あの、
「結構です」
「父さん、そろそろ休憩しよう。僕も疲れたし」
「……うむ。どうかな、
「残念だけど、あまり時間的に余裕はないわ。怪しまれぬ速度で行くならば、休んでいる暇はないわよ」
「私、大丈夫よ」
「このくらい、大したことないわ」
「うむ。あと二刻も歩けば皇都に着く。それまで辛抱してもらおうか」
「ええ」
一刻後、
だけど気力だけでなにかが変わる訳じゃない。
「あっ」
かくん、と
「大丈夫っ!?」
駆け寄って声を掛ける。返事はない。
「気絶してるわね」
「脈は……」
僕は手首に指を当てて脈を取った。弱い……けれど乱れてはいない。熱は……とくにない。熱中症とかじゃなさそうだ。
「疲労だな。体力を使い果たしたのだろう」
「父さん!わかってたんならなんで止めてくれないのさ!」
「この子が頑張ろうとしていたんだ。限界まではやらせてあげなくてはな」
「でも!」
「
父さんは僕の頭をそっとなでた。
「なんでも無理をしないように、無茶をしないようにと守ってやるだけが良い事じゃない。本人に一度ちゃんと頑張らせて、限界を覚えてもらうことも大切な事だ。
「父さん……」
そうだったんだ。でも、こんな時に教えなくたっていいのに。
「『また今度』とか『いつか』とか言っておると結局はやらんもんだ」
「教育論はそのくらいにしときなさい」
「で、この子。どうするの?」
僕と
いや、嬉しいとかそんな事思ってないよ?そりゃ
「……あれ」
ふ、と
「兄様……」
と呟いたかと思うと、僕の首にキュッ、と抱きついてきた。
「うわわわっ」
思わず声を上げてしまう。すると
「……なんであなたが私を背負ってるのよ」
ずいぶんと冷たい声を僕にかけられた。まだ動く元気はないみたいで暴れはしないけど、もちろん抱きついていた腕は放されて、僕の肩に置かれている。
「
「……覚えてないわ。私、どのくらい寝てたの」
「半刻くらいかな。大丈夫、もうすぐ皇都に着くよ」
「下ろして」
「え、でも」
「下ろして」
有無を言わせぬ口調に負けて、僕は
「くっ……」
「
父さんが
「……はい」
自分の体力とこれからの道程を計算して、どうしても無理だと判断したらしい。
「お願いします」
と頭を下げた。
「あ、いいんだ、そんな事。僕にはこのくらいしか出来ないんだから」
僕は
「
「……ありがとう」
僕は
なにかがおかしい。
羽目を外した傭兵や牢人、
だからそれはいい。問題なのは、牢の中で殺される傭兵、牢人、
口封じ。
それが俺の第一印象だった。余計な事を喋られる前にさっさと殺す。効果的な口封じだ。
だが、誰が、どうして。犯罪組織が裏切りや自白を恐れて当局に捕まった仲間を殺す、というのは時々ある。だがそう言う時は殺し屋が牢に入ってくるのが普通だ。皇都の看守は憲兵隊に所属しており、正規の軍人でもある。無論憲兵隊も無謬の組織ではなし、中には金で動く奴もいるだろうが、俺の調査では皇都の複数の牢で同じような事が起きていた。ということは買収された看守は一人や二人ではない。犯罪組織程度にそんな事が出来るだろうか。
俺はその事実をまとめて室長である邯融幹尉長に報告した。幹尉長は有能で誠実な警察官であるから、俺の報告を馬鹿げていると一蹴するような事はない。
「貴様の勘違い……というには統計上無理があるな。確かに気にかかる。なにか大きな組織が関わっているのかもしれん。今回の事に関係があるのか……」
「それはわかりませんが、無視は出来ないかと思われます。この件をもう少し調べてみたいのですが」
「わかった。そうだ、この事を一応
「第三調査室の
「ああ。奴もこの件で皇都に足止めを食っている身だ。一応報告しておいたほうがいい」
「わかりました」
俺は敬礼をすると室長室を後にした。
第二調査室の上志は噂通り、役者のような美青年だった。これでは目立ちすぎて探索は難しいのではないかとも思うが、なかなかどうして、探索方としてはかなり有能だと言う事だ。
今回こちらに持ち込んできた報告も実に興味深いものだった。
「なるほど……確かになにか得体の知れない組織が動いているように思える」
「はい。思い過ごしなら良いのですが、そうでない場合は放っておくと取り返しのつかない事になるのではないかと」
「そこで君に聞きたいのだが」
私は上志の端正な顔を見上げた。
「この動きの裏に何らかの黒幕がいたとしてだ。その黒幕の狙いはなんだと推測するかね」
「は。まずは大規模な犯罪組織の存在が疑われます。ここ皇都でなにか大きな仕事を……例えば
上志はそのくらいの事はすでに考慮済みだったらしい。すらすらと答えた。
「だがなぜ、わざわざ牢内で、しかも看守に殺させる必要がある」
「それがわからないところです。口封じの匂いはするのですが、それならば殺し屋に街中で殺させれば良い事です。余計な手間を掛けすぎています」
「これは私が今、思いついただけの事なんだが」
私はふと頭に浮かんだ考えを口にした。
「その者達は『牢に入ったから』殺された、とは言えないかね」
「……どういう事でしょう」
「君の報告をそのまま予備知識無しに聞くと、被害者は牢に入った事が原因で看守に殺されたのではないかと思えたのだ。牢内というのは看守が絶対的な存在だ。生かすも殺すも看守の一存だな。そこに看守共通の敵が入ってくればさっさと殺すのではないかなあ。ま、そんな話は聞いた事がないが」
「いえ、お待ち下さい。確かに看守共通の敵云々は考えにくいのですが」
上志は眉をしかめ、俺の机の上に広げた資料を睨みつけた。その表情はやはり役者ではなく、鍛えられた特務警察官のそれだ。
「幹尉殿の説は前半部分に妥当性があります。そう、こう考えられないでしょうか。皇都で大きな仕事をする為に犯罪組織が皇都に作戦人員を送り込んでいるのです。目立たないように少しずつ、長期間かけてです。ですが所詮はゴロツキ、中には決行の日を前にして小さな犯罪行為で捕まる愚かな者もいるでしょう。しかしソヤツ等が取り調べで計画の事を喋ってしまってはすべてが水の泡。ならば捕まった時点で消してしまうというのは意味があるのでは」
「そこまで用意周到に計画を巡らせ、看守の買収も出来るような組織があるかね」
「……いえ、私もそこまで強力な犯罪組織が活動しているという話は聞いておりません。ですが、そう考えるとすっきりすると思います」
「確かにすっきりする。しないのは君の、『犯罪組織』という前提だよ」
「犯罪組織以外にこのようなことを」
「反乱」
上志の頬が引きつった。
「大人数の作戦人員の手配、看守の買収……こういう事は軍事組織ならどうと言う事はない。私達にだってその気になれば出来る事だ」
「ですがそれを皇都でやる意味は一つしかありません」
「そうだ。ここでそれをやるとすれば」
皇帝暗殺、そして政権奪取。
革命だ。
飯店の一室に
その話し合いには
「そなた達も当事者であろ。直訴では
ラティアはそう言った。なるほど、それは確かにその通りよね。一応私と兄様は
全員が集まってまずは周囲の確認。両側の部屋は
「直訴は明日行いましょう」
閃さんが提案した。
「そんなに急ぐのですか」
曽票さんが細い眼をわずかに動かした。確かにちょっと予定が急よね。そりゃまあ別に観光に来たわけじゃないけれど、皇都入りして翌日にいきなり直訴なんて。ていうか、皇帝にそんなに簡単に会えるのかしら。
「明日ですが、皇都赤錨門の落成式があります。先日失火で失われていたものが完成したとの事で、その記念式典ですね」
「皇帝ってそんな行事にまで出るのか」
「現場の機転で工期が大幅に短縮出来たようです。その話を聞いて
苗勇さんは「なるほど、
「当然ですが、皇帝が皇宮の外にいないと直訴など不可能です。
なるほど。全員が即座に同意したわ。それを見届けて閃さんは作戦を説明する。
閃さんの計画は次のようなものだった。
赤錨門落成式は公開行事として行われるみたい。
式典開始は八刻、
「皇帝は直訴に興味を示すと思いますか」
椅薙さんはそこに不安を覚えたみたい。
「もし無視されれば我らはそのまま捕らえられて処刑されますが」
「まず大丈夫でしょうね。
「……わかっている」
ラティアは厳しい表情で頷いた。そうね。私達と
ま、それに関しても私は心配していなかったりする。ラティアって例え相手が皇帝でも物怖じするような人だとは思えないしね。これが
「一番組は右、二番組は左、三番組は後ろ。私と武さん、
閃さんは紙にサラサラと図を描いて説明した。この人、絵も上手いわね。でも
「この演壇の配置とかは当日のものなの?」
「ええ。ちょっと調べましたのでこれで確かです」
どうやったら調べられるのかしら。この数日で閃さんが凄い腕前の探索方だっていうのはわかっていたけれど、やっぱり驚いてしまうわね。私は情報分析力では閃さんに負けるとは思ってないけど、情報収集にかけては足下にも及ばないわ。そりゃ私は探索方を持っているわけじゃないから比較はできないけれど、例え私が
「一般観客席は一応柵で囲むようですから、一番組はこの入り口から入ると良いでしょう。二番組はこちらから、三番組はこちらですね。七刻前には現地に着いている必要があると思われます。当日集まると思われる人数から考えて、遅く行くと前の方には行けませんよ。注意して下さい」
さらに指揮能力も一級品。人望もあるし、武術の腕もかなりのものらしい。まったく非の打ち所のない男よね。
この服の趣味さえなければ。
私はあらためて閃さんの服を見た。本日は赤と白の縦縞が入ったゆったりした造りの上着が眼を射る。腰回りで一度帯留めしているけれど、その上着の裾はさらに膝当たりまで伸びているわね。これだけでも充分にどうかと思うのに、穿いているのは黒い腰布。ただ黒いだけじゃないわ。あちこちに白輝織りの華飾りが入った派手な代物で、第一それは女物よね。もし兄様がそんなものを穿いていた日には発狂を疑うし、それに似合わない事甚だしいと思うけど、この人には妙に似合っているのが怖いわ。
「お願いだから明日は普通の服にしておいてね」
「……わかっています。外套は羽織っていきますよ」
深く頷く一同を前にして、閃さんはとても不服そうだった。
人の山田様が見てる
凉武装商隊 since 1998/5/19 (counter set:2004/4/18)