第八段 入都

ラティア

 私は皇都に行くのはこれで二回目だ。昨年、棉紗[ミアンシャ]とその祖父殿、そして彼が皇帝に献上したいという二十年分の租税(これが半端ではない大金だった)を護衛して行ったのが初めてだ。その時は正規の使者であったから、商隊は威儀を正して堂々と入都したものだった。

 だが今回は事情が異なる。なにしろ私達は謀反した一族のおそらくは最後の生き残りである棉紗[ミアンシャ]をかくまっている。私自身も特務警察の剣士三人を斬り、猷示[ユウシ]黄鋭[ファンルイ]の剣士を二人斬ったという、立派な重罪人だ。あまつさえ猷示[ユウシ]が斬った黄鋭[ファンルイ]のうち一人は『数持ち』と呼ばれる高位の武官でもある。どの罪状をとっても商隊ごと処刑するのに充分な理由だった。

 よって我らは堂々と皇都に入るわけにはいかない。馬車を置いていくのはもちろんのこと、全員揃って入都することも不可能だった。

 実は皇都に出入りする事はさほど難しくはない。戦時でもあるまいし、なによりも商都として栄えているこの皇都で人や物の出入りを厳しく詮議する事は害の方が大きいのだ……と、閃兄が言っていた。だから私達が入るのも一人一人であれば見とがめられる事はないだろうが、さすがに五十人の団体となればそのまま城門を通れるとは思えない。門番がどれだけ無能でもさすがに詮議するだろう。

 というわけで私達は皇都の周辺都市の一つである茱に入り、そこの保刃[バオレン]宿に馬車などを預けて、徒歩でばらばらに皇都入りすることにした。

 私は棉紗[ミアンシャ]、武、そして猷示[ユウシ]とともに行動する。武が父親、私と棉紗[ミアンシャ]は姉妹、そして猷示[ユウシ]保刃[バオレン]の役だ。

「私も兄様と一緒に行くわよ!」

 菊花[チーファ]はそう言い張ったが、結局子供ばかり集まるのは不自然であるという閃兄の言葉の方が説得力があった。小樹[シャオシュ]菊花[チーファ]は洞先生と一緒に別行動を取っている。他の者達も三人から五人ほどで組み、時間と入る門をばらばらにして入都することになった。

猷示[ユウシ]って皇都に来るのは初めて?」

「いや、かなり前になるが二度来た事がある。どちらも保刃[バオレン]の仕事でだな」

「かなり前と言われますと、昨年などではないのですね」

「ああ。最初に来たのが六年前で、その次が四年前だな。六年前には城壁もろくに出来ていなかったし、四年前だって南門にこんなものはなかったような気がするが」

 猷示[ユウシ]は門の横に建つ大きな塔を見上げた。白い石造りのその塔は高さ四十米もあろうか。城壁よりもさらに高い円筒形の塔である。高さだけではなく太さもかなりのもので、最上階の展望台には一度に百人以上の人々が入ることができる。今もその塔に登る順番を待つ観光客が長い列を作っていた。

「この岳兎塔は神領大革命十五周年ということで三年前に建てられたそうです。私が昨年皇都に来た時は東の滝鯉塔に祖父と共に登りました」

 棉紗[ミアンシャ]は懐かしそうに塔を見上げた。この白亜の塔は皇都の東西南北に一本ずつ建てられている。中には蒸気昇降機が備え付けられ、一度に五十名を最上階まで一気に運び上げる。私も昨年棉紗[ミアンシャ]達と共に登り、かなり驚いた覚えがある。

「そうか、大革命の……」

 だが猷示[ユウシ]は塔そのものにはさほどの感慨は抱かなかったらしい。なにやらわずかに苦い眼をしてその塔を眺めていたから興味がないわけではないと思うのだが。

「さて行きますぞ。そろそろ入っておかねばならぬ時間でござります」

 武が私達を促した。

「もし門番に何か聞かれたら打ち合わせの通りにお願いいたしますぞ」

「わかっておる」

 私は着替えと短刀のみ入っている鞄を持ち上げた。皇都は他の都市と同じく、刀までの携帯は許されている。だが私達は近くの街から友人を訪ねて皇都まで来たという設定だ。それが鴛鴦鉞などを持っていてはおかしかろう、ということで、私達が持っている武器らしい武器は猷示[ユウシ]の持っている芦葉刀だけなのだった。猷示[ユウシ]は私達の保刃[バオレン]という事になっているので芦葉刀くらいなら怪しまれる事はない。偽名も考えてはあるが、誰何されなければそれに越した事はない。

 門を通ろうとする人々は多い。商人、旅人、傭兵、その他色々な人々が歩いている。門番は油断こそしてはいないようだが、特に人々に声を掛けたりはしていない。これならば何の問題もなく入都できるだろう。

 とその時、一人の門番兵がこちらを見た。しばらくこちらを見続けている。と、もう一人の兵もこちらを見続けている兵に何か言われ、視線を動かした。

 いかん。何か気づかれたか。

「そのまま。何も気づいていないふりをしとけ」

 猷示[ユウシ]がそっと私にささやいた。私も馬鹿ではないからあからさまにその兵達の方を見たりはしていないが、視界の隅でさらに一人の兵がこちらに目を据えたのを感じる。

「だが」

「心配ない。このまま歩け。余計な事を考えていると本当に疑われるぞ」

 そのまま歩き、門を越え、皇都に入る。結局その兵達はこちらをずっと見てはいたものの、特に何をするでもなく、やがて視界から消えた。

「……何だったのだろう」

 都に入り、大通りの喧噪に紛れながらそっと猷示[ユウシ]に聞くと、猷示[ユウシ]は「本当にわかってないのか」と呟いた。

「なにがわかってないというのだ。やはり私達の正体がバレていたのか」

「違う違う。あのな」

 猷示[ユウシ]は困ったように私を見た。

「つまりだな、アイツ等はラティアを見てたんだよ」

「……?私を、か。何故だ」

 私よりは猷示[ユウシ]の方がよっぽど目立つ風体をしていると思うのだが。頭巾を頭から下げて頬の入れ墨は隠しているが、それでも明らかに重武装の保刃[バオレン]だ。

「そういう意味じゃないんだがな……。つまり、ラティアは……そのなんだ、目立つだろ」

 だから目立つのは猷示[ユウシ]なのだが。

猷示[ユウシ]様は女性を褒める事には慣れておられないのですね」

 くすくす、と棉紗[ミアンシャ]が笑って、予想もしなかった事を言い出した。

猷示[ユウシ]様はラティアさんがとても美人だから兵隊さん達が見てた、とおっしゃっておられるのです」

「うむ。若い兵達には目の保養になった事でござりましょう。今頃彼らは門番の担当であった事を感謝しているはずですぞ」

 武までそんな事を言う。思いがけない言葉に狼狽して私は意味もなく手を振った。

「私は、その、そんなに言われるほどでは」

猷示[ユウシ]様、そうでしょう?」

 そ、そうなのだろうか。いや、猷示[ユウシ]が私の外見をなんと言おうと良いのだが、しかし気になるのは確かだ。

「あー……その、まあ、そう言う事だ」

 猷示[ユウシ]は私と棉紗[ミアンシャ]、そして武の顔を交互に見て、それから頷いた。わずかに頬が赤い。

「俺も男だからな、アイツ等の気持ちはわからなくもない。

「そ、そうか」

 何故だろう、無性に嬉しい。今まで「姫様は美しい」という意味の言葉をかけられなかったわけではないが、このような嬉しさを感じた事はなかったように思う。閃兄や母様から言われる時とも、武や椅薙達から言われる時とも違う……誇らしいような、恥ずかしいような、それでいて胸の高鳴る嬉しさだった。

小樹[シャオシュ]

「あの、菊花[チーファ]さん。やっぱり荷物、持つよ」

「結構です」

 菊花[チーファ]さんはぷいっと顔を逸らした。でも茱を出て四刻、それほど重くはないとは言え、菊花[チーファ]さんの体格にはやや大きすぎる荷物を背負っての歩き通しは彼女の身体に負担を与えていた。その額に浮かんだ汗と時々もれる荒い息がなによりの証拠だ。

 猷示[ユウシ]さんから聞いてはいたけど、やっぱり医者の目から見ても菊花[チーファ]さんは身体が強くない。例え荷物を持っていなくても、四刻の歩きだけでかなりきついはずだった。

「父さん、そろそろ休憩しよう。僕も疲れたし」

「……うむ。どうかな、萄希[タオシ]殿」

 萄希[タオシ]さんは父さんと同じように薬葛籠を背負っていた。ただしその中に入っているのは短弓と矢だ。

「残念だけど、あまり時間的に余裕はないわ。怪しまれぬ速度で行くならば、休んでいる暇はないわよ」

「私、大丈夫よ」

 菊花[チーファ]さんは胸を張った。

「このくらい、大したことないわ」

「うむ。あと二刻も歩けば皇都に着く。それまで辛抱してもらおうか」

「ええ」

 菊花[チーファ]さんは強い眼をして、頷いた。

 一刻後、菊花[チーファ]さんの顔色はかなり悪くなっていた。血の気が引いて足下もフラフラしている。だけど彼女は一言も「辛い」と言わなかった。

 だけど気力だけでなにかが変わる訳じゃない。

「あっ」

 かくん、と菊花[チーファ]さんの身体から力が抜けたかと思うと、まるで朽ちた枯れ木のように前のめりに倒れる。すんでのところで萄希[タオシ]さんが菊花[チーファ]さんの身体を支えた。

「大丈夫っ!?」

 駆け寄って声を掛ける。返事はない。

「気絶してるわね」

「脈は……」

 僕は手首に指を当てて脈を取った。弱い……けれど乱れてはいない。熱は……とくにない。熱中症とかじゃなさそうだ。

「疲労だな。体力を使い果たしたのだろう」

「父さん!わかってたんならなんで止めてくれないのさ!」

「この子が頑張ろうとしていたんだ。限界まではやらせてあげなくてはな」

「でも!」

小樹[シャオシュ]

 父さんは僕の頭をそっとなでた。

「なんでも無理をしないように、無茶をしないようにと守ってやるだけが良い事じゃない。本人に一度ちゃんと頑張らせて、限界を覚えてもらうことも大切な事だ。猷示[ユウシ]はどうやらこの子をずいぶんと大事にしてきたようだが、だからこの子は自分がどのくらいの疲労に耐えられるのかをあまり自覚しておらんのだ。いつかは誰かが教えてやらんとな」

「父さん……」

 そうだったんだ。でも、こんな時に教えなくたっていいのに。

「『また今度』とか『いつか』とか言っておると結局はやらんもんだ」

「教育論はそのくらいにしときなさい」

 萄希[タオシ]さんが菊花[チーファ]さんを抱き上げた。完全に気絶している。多分、しばらくは起きないだろう。

「で、この子。どうするの?」

 菊花[チーファ]さんは僕の背中で寝息を立てている。

 僕と菊花[チーファ]さんの荷物は萄希[タオシ]さんと父さんが持ってくれている。なぜ僕が菊花[チーファ]さんを背負う事になったかというと、萄希[タオシ]さんと父さんは大きな薬葛籠を背負っているからだ。それを背負うのは僕には無理だし、かといってそれを置いていくわけにはいかない。必要だから持ってきているのだ。となると僕が菊花[チーファ]さんを運ぶしかないわけで。

 いや、嬉しいとかそんな事思ってないよ?そりゃ菊花[チーファ]さんは軽いし、柔らかいし、その……なんだかいい匂いもするしやっぱり嬉しいけど、そんなイヤらしい心はないんだ。背中に当たるほんのかすかだけど確かに感じる、柔らかい膨らみなんてなんとも思ってないよ!本当だよ!

「……あれ」

 ふ、と菊花[チーファ]さんが目覚めた。もぞもぞと身体を動かし、

「兄様……」

 と呟いたかと思うと、僕の首にキュッ、と抱きついてきた。

「うわわわっ」

 思わず声を上げてしまう。すると菊花[チーファ]さんはやっと自分が抱きついているのが誰かを理解したらしい。

「……なんであなたが私を背負ってるのよ」

 ずいぶんと冷たい声を僕にかけられた。まだ動く元気はないみたいで暴れはしないけど、もちろん抱きついていた腕は放されて、僕の肩に置かれている。

菊花[チーファ]さん、倒れたんだ。覚えてない?」

「……覚えてないわ。私、どのくらい寝てたの」

「半刻くらいかな。大丈夫、もうすぐ皇都に着くよ」

「下ろして」

「え、でも」

「下ろして」

 有無を言わせぬ口調に負けて、僕は菊花[チーファ]さんを背中から下ろした。

「くっ……」

 菊花[チーファ]さんが歩く。けれどやっぱり足下はふらついていた。

菊花[チーファ]。まだ無理だ。小樹[シャオシュ]に背負われていなさい」

 父さんが菊花[チーファ]さんを止めた。萄希[タオシ]さんも頷いている。菊花[チーファ]は悔しそうに唇を噛みしめた。

「……はい」

 自分の体力とこれからの道程を計算して、どうしても無理だと判断したらしい。菊花[チーファ]さんはふらつく足取りで僕の方に歩いてくると

「お願いします」

 と頭を下げた。

「あ、いいんだ、そんな事。僕にはこのくらいしか出来ないんだから」

 僕は菊花[チーファ]さんに背中を向けると、彼女が乗りやすいようにしゃがんだ。おずおずと彼女が背中に乗ってくるのを待って、そっと担ぎ上げる。

菊花[チーファ]さん、ちゃんと体重を掛けてね。なんなら寝てていいから」

「……ありがとう」

 菊花[チーファ]さんはちょっと怒ったように言うと、それでもやっぱりまだかなり疲れているらしく、素直に僕の背中に体重を掛けた。

 僕は菊花[チーファ]さんの軽さに改めて愛おしさを感じていた。この子を守らなくちゃ、という気持ちがつよくわき起こる。それは菊花[チーファ]さんの柔らかさに感じる少しだけやましい気持ちよりも遙かに大きいものだった。



 なにかがおかしい。

 羽目を外した傭兵や牢人、保刃[バオレン]などがもめ事を起こすのは珍しい話じゃない。腕に覚えがあって性格に問題のある奴などいくらでもいるわけだし、この皇都はそのような輩でもほとんど何の詮議もせずに城門を通過させる。治安面では不利だが、その自由さ……裏返せば混沌を受け入れる態勢こそがこの新生稜曄[ロンファ]皇国の強みだった。

 だからそれはいい。問題なのは、牢の中で殺される傭兵、牢人、保刃[バオレン]の類がこのところ増えている事だ。実を言えば牢の中での殺人というのは珍しくない。元々殺人に慣れた連中が集団で詰め込まれているわけで、いざこざが起こればそれはあっさりと殺人に繋がる。だが俺が問題だと思っているのは、最近の死人の中に看守に殺されたとしか思えない者が増えていることだった。それも牢に入れられてから早くて数時間で殺されている。

 口封じ。

 それが俺の第一印象だった。余計な事を喋られる前にさっさと殺す。効果的な口封じだ。

 だが、誰が、どうして。犯罪組織が裏切りや自白を恐れて当局に捕まった仲間を殺す、というのは時々ある。だがそう言う時は殺し屋が牢に入ってくるのが普通だ。皇都の看守は憲兵隊に所属しており、正規の軍人でもある。無論憲兵隊も無謬の組織ではなし、中には金で動く奴もいるだろうが、俺の調査では皇都の複数の牢で同じような事が起きていた。ということは買収された看守は一人や二人ではない。犯罪組織程度にそんな事が出来るだろうか。

 俺はその事実をまとめて室長である邯融幹尉長に報告した。幹尉長は有能で誠実な警察官であるから、俺の報告を馬鹿げていると一蹴するような事はない。

「貴様の勘違い……というには統計上無理があるな。確かに気にかかる。なにか大きな組織が関わっているのかもしれん。今回の事に関係があるのか……」

「それはわかりませんが、無視は出来ないかと思われます。この件をもう少し調べてみたいのですが」

「わかった。そうだ、この事を一応丁峰[チンフェン]にも伝えておけ」

「第三調査室の丁峰[チンフェン]幹尉ですか」

「ああ。奴もこの件で皇都に足止めを食っている身だ。一応報告しておいたほうがいい」

「わかりました」

 俺は敬礼をすると室長室を後にした。

丁峰[チンフェン]

 第二調査室の上志は噂通り、役者のような美青年だった。これでは目立ちすぎて探索は難しいのではないかとも思うが、なかなかどうして、探索方としてはかなり有能だと言う事だ。

 今回こちらに持ち込んできた報告も実に興味深いものだった。

「なるほど……確かになにか得体の知れない組織が動いているように思える」

「はい。思い過ごしなら良いのですが、そうでない場合は放っておくと取り返しのつかない事になるのではないかと」

「そこで君に聞きたいのだが」

 私は上志の端正な顔を見上げた。

「この動きの裏に何らかの黒幕がいたとしてだ。その黒幕の狙いはなんだと推測するかね」

「は。まずは大規模な犯罪組織の存在が疑われます。ここ皇都でなにか大きな仕事を……例えば稜曄[ロンファ]銀行襲撃に匹敵するほどの仕事をするほどの組織であれば、看守を複数人抱き込む事も可能でしょう。被害者はその組織に都合の悪い事を知っていたとも考えられます。また殺されたと思われる者達はいずれも実戦経験のある傭兵や保刃[バオレン]でしたから、なんらかの作戦に参加しており、共通の恨みを買っているなどの可能性も考えられない事はありません」

 上志はそのくらいの事はすでに考慮済みだったらしい。すらすらと答えた。

「だがなぜ、わざわざ牢内で、しかも看守に殺させる必要がある」

「それがわからないところです。口封じの匂いはするのですが、それならば殺し屋に街中で殺させれば良い事です。余計な手間を掛けすぎています」

「これは私が今、思いついただけの事なんだが」

 私はふと頭に浮かんだ考えを口にした。

「その者達は『牢に入ったから』殺された、とは言えないかね」

「……どういう事でしょう」

「君の報告をそのまま予備知識無しに聞くと、被害者は牢に入った事が原因で看守に殺されたのではないかと思えたのだ。牢内というのは看守が絶対的な存在だ。生かすも殺すも看守の一存だな。そこに看守共通の敵が入ってくればさっさと殺すのではないかなあ。ま、そんな話は聞いた事がないが」

「いえ、お待ち下さい。確かに看守共通の敵云々は考えにくいのですが」

 上志は眉をしかめ、俺の机の上に広げた資料を睨みつけた。その表情はやはり役者ではなく、鍛えられた特務警察官のそれだ。

「幹尉殿の説は前半部分に妥当性があります。そう、こう考えられないでしょうか。皇都で大きな仕事をする為に犯罪組織が皇都に作戦人員を送り込んでいるのです。目立たないように少しずつ、長期間かけてです。ですが所詮はゴロツキ、中には決行の日を前にして小さな犯罪行為で捕まる愚かな者もいるでしょう。しかしソヤツ等が取り調べで計画の事を喋ってしまってはすべてが水の泡。ならば捕まった時点で消してしまうというのは意味があるのでは」

「そこまで用意周到に計画を巡らせ、看守の買収も出来るような組織があるかね」

「……いえ、私もそこまで強力な犯罪組織が活動しているという話は聞いておりません。ですが、そう考えるとすっきりすると思います」

「確かにすっきりする。しないのは君の、『犯罪組織』という前提だよ」

「犯罪組織以外にこのようなことを」

「反乱」

 上志の頬が引きつった。

「大人数の作戦人員の手配、看守の買収……こういう事は軍事組織ならどうと言う事はない。私達にだってその気になれば出来る事だ」

「ですがそれを皇都でやる意味は一つしかありません」

「そうだ。ここでそれをやるとすれば」

 皇帝暗殺、そして政権奪取。

 革命だ。

菊花[チーファ]

 飯店の一室に[リャン]の幹部達が集まってる。ラティア、武さんに閃さん、一番組長の椅薙さん、二番組長の苗勇さん、三番組長の曽票さん。ちなみに四番組長の渥挽さんと四番組十二名は茱で退路を確保している。

 その話し合いには棉紗[ミアンシャ]と兄様、そして私も参加していた。棉紗[ミアンシャ]はこの直訴の当事者だから当然だけど、私と兄様も呼ばれている。

「そなた達も当事者であろ。直訴では棉紗[ミアンシャ]の事だけではない、そなた達の免責も要求に入っているのだから」

 ラティアはそう言った。なるほど、それは確かにその通りよね。一応私と兄様は[リャン]に保護されているという立場になるわけだし、その状態に関わる話し合いなら私達も参加する権利があるわ。

 全員が集まってまずは周囲の確認。両側の部屋は[リャン]で押さえたけれどさすがに上下の部屋までは取れなかったし、ここは皇都。どこで誰が聞いているかわからないわ。屋根裏、床の下まで確認出来るところは確認してから私達は部屋の真ん中に車座になった。

「直訴は明日行いましょう」

 閃さんが提案した。

「そんなに急ぐのですか」

 曽票さんが細い眼をわずかに動かした。確かにちょっと予定が急よね。そりゃまあ別に観光に来たわけじゃないけれど、皇都入りして翌日にいきなり直訴なんて。ていうか、皇帝にそんなに簡単に会えるのかしら。

「明日ですが、皇都赤錨門の落成式があります。先日失火で失われていたものが完成したとの事で、その記念式典ですね」

「皇帝ってそんな行事にまで出るのか」

「現場の機転で工期が大幅に短縮出来たようです。その話を聞いて燎帝[リアンティ]が直々に褒賞するという話ですよ」

 苗勇さんは「なるほど、燎帝[リアンティ]はそつがない」と頷きました。

「当然ですが、皇帝が皇宮の外にいないと直訴など不可能です。燎帝[リアンティ]はしばしばお忍びで皇都に出ているという噂ですが、それを見つけるよりは明日の式典に紛れ込む方が簡単でしょう」

 なるほど。全員が即座に同意したわ。それを見届けて閃さんは作戦を説明する。

 閃さんの計画は次のようなものだった。

 赤錨門落成式は公開行事として行われるみたい。燎帝[リアンティ]が出席するってことは一万以上の人々が集まる大式典になるでしょうね。警備も厳重になるだろうけど、[リャン]の五十人程度、また今日みたいに分散して会場に紛れ込む事なんて難しくはないわ。

 式典開始は八刻、燎帝[リアンティ]の登場は九刻少し前らしい。で、皇帝の挨拶が終わって歓声が上がる。皇帝はそれを聞き届けてから下がろうとするだろう。私達はその時に皇帝の前に走り出て直訴をする、という手筈ね。単純だけど、だからこそ間違う段階がない。警護の連中を出し抜かなくてはならないのだけど、まあ皇帝に近づくんじゃなくて、声が届く程度の距離に出るだけならなんとかなるわ。

「皇帝は直訴に興味を示すと思いますか」

 椅薙さんはそこに不安を覚えたみたい。

「もし無視されれば我らはそのまま捕らえられて処刑されますが」

「まず大丈夫でしょうね。燎帝[リアンティ]はこのような場合に無視した事はないですから。それよりも直訴をどう処理するかの方が問題です。説得力のある訴えでなければ御前を騒がせたと言うだけに終わり、それこそ問答無用で処刑されます。ラティ、頼みますよ」

「……わかっている」

 ラティアは厳しい表情で頷いた。そうね。私達と[リャン]の命はラティアに握られてる。文案は皇都にくるまでの間にずいぶんと練り上げたみたいだから問題はないと思うけど、ラティアが本番で萎縮してしまったりしたら終わりだわ。

 ま、それに関しても私は心配していなかったりする。ラティアって例え相手が皇帝でも物怖じするような人だとは思えないしね。これが棉紗[ミアンシャ]なら皇帝の前に出ただけで硬直しちゃうんだろうけど。ちなみに私も硬直する自信があるわ。

「一番組は右、二番組は左、三番組は後ろ。私と武さん、鉄盾[ティエジュン]はラティ直近です。菊花[チーファ]棉紗[ミアンシャ]はラティと一緒に行動して下さい」

 閃さんは紙にサラサラと図を描いて説明した。この人、絵も上手いわね。でも

「この演壇の配置とかは当日のものなの?」

「ええ。ちょっと調べましたのでこれで確かです」

 どうやったら調べられるのかしら。この数日で閃さんが凄い腕前の探索方だっていうのはわかっていたけれど、やっぱり驚いてしまうわね。私は情報分析力では閃さんに負けるとは思ってないけど、情報収集にかけては足下にも及ばないわ。そりゃ私は探索方を持っているわけじゃないから比較はできないけれど、例え私が[リャン]の探索方を指揮しても閃さんと同じように情報を集められるとはとても思えない。

「一般観客席は一応柵で囲むようですから、一番組はこの入り口から入ると良いでしょう。二番組はこちらから、三番組はこちらですね。七刻前には現地に着いている必要があると思われます。当日集まると思われる人数から考えて、遅く行くと前の方には行けませんよ。注意して下さい」

 さらに指揮能力も一級品。人望もあるし、武術の腕もかなりのものらしい。まったく非の打ち所のない男よね。

 この服の趣味さえなければ。

 私はあらためて閃さんの服を見た。本日は赤と白の縦縞が入ったゆったりした造りの上着が眼を射る。腰回りで一度帯留めしているけれど、その上着の裾はさらに膝当たりまで伸びているわね。これだけでも充分にどうかと思うのに、穿いているのは黒い腰布。ただ黒いだけじゃないわ。あちこちに白輝織りの華飾りが入った派手な代物で、第一それは女物よね。もし兄様がそんなものを穿いていた日には発狂を疑うし、それに似合わない事甚だしいと思うけど、この人には妙に似合っているのが怖いわ。

「お願いだから明日は普通の服にしておいてね」

「……わかっています。外套は羽織っていきますよ」

 深く頷く一同を前にして、閃さんはとても不服そうだった。

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