完全に分断された。
俺は雑木の葉の隙間から、暗闇と雨に閉ざされた空間の気配を探った。周りには今のところ危険な気配はない。雨はさらに激しくなり、陽が沈んだ事もあって視界はほとんどなくなった。
「どうやら敵はこちらには気づいていないな。だがこの状況では隠れている方が安全だ。しばらく様子を見よう」
「そうか。まあ他の者は心配なかろう」
そうは言いながらもラティアは心配そうだった。
襲撃が発生したのは一刻ほど前の事だった。
俺達は
兵道に照らせばそこは隘路であり、少数の兵で大軍に勝負を挑む事の出来る地形だ。事実、六律谷は盗賊が出没する事で知られており、当然ながら俺達も警戒を怠ってはいなかった。時間の関係でどうしてもここを抜けなければならないとなった以上、斥候を出し、全周警戒を怠らずに進むのは当たり前の事だ。
だが途中で降り出した雨が全てを台無しにした。始めこそパラパラと優しく落ちる程度だった雨はやがて十米先も見えないほどの滝のような雨になり、しかも止む気配もない。この状態では斥候もなにもあったものではなかった。
ただこの雨では例え盗賊が待ち伏せしていたとしても襲撃など出来まい、と思った事も事実だ。確かにこちらも周りが見えないが、それは襲撃者としても同じ事。このような豪雨の中で戦ってもなんの戦果も上げられはしない。よってかえって安心か、と俺も思った。
それが間違いだったのは今の状況が証明している。
俺達はちょうどその時隊列の二番目を進む『西吾』の屋根に上がって見張りをしていた。分厚い雨具に身を包み、ラティアと共に雨を透かして危険な気配がないかどうかを探る。俺は左方と後方、ラティアは右方と前方だ。
隊長自ら見張りというのは変かもしれないが、そもそも
そしてむしろラティアは進んでそう言う事をしたがる娘だ。
俺とラティアはゴトゴトと揺れる馬車の上で背中合わせに座っていた。雨のせいで視界は悪く、まだ陽が沈むまでには時間があるのだが、ほとんど夜かと思うくらいに空は暗い。ザアッと降りそそぐ雨の下、ただ時間を過ごすだけというのは無意味なので、俺はラティアに
「では
「それはわかってるんだが。どうにも
いつのまにか話は俺達の個人的な話題に変わってきていた。まあお互いの事を知っておく事は
「それにしても
医師見習い、と言っていた臨樹という少年だ。年の頃は
「だが腕は悪くない。それはそなたもわかったろう」
「確かにな」
臨樹の手当は正確だった。あの後、臨樹の父親で
「臨親子は四年前から
「ついでにあの親父、かなり腕が立つと見たが」
「うむ、洞は台蛇剣の遣い手だ。そなたでもそう簡単には斬れぬほどの腕だぞ」
だろうなあ。あの丸太みたいな腕で二刀を振り回されれば颱風みたいなものだろう。
「他の連中も噂に違わぬ遣い手揃いという感じだな。俺みたいな雑魚を入れたら面白く思わぬ者もいるんじゃないか」
実際それは気にかかっていた。
「そなた、自分の評判を知らぬわけではあるまい」
ラティアはどうしてかため息をついた。
「『
「そんな立派なモンじゃないんだがなあ」
今度は俺がため息をつく番だ。
「逃げた事もあるし、負けた事もある。それに……」
一度だけ、護りきれなかった事も。
「私もそなたが信頼に値する男だと思っておる。だから無駄な心配はせぬ事だ」
「了解」
まあそれは悪い事じゃないな。そう考えながら少し座る位置を変えて身体を動かそうとした時、異様な気配を感じた。
「……!」
俺がラティアの方へ振り向いたのと、ラティアが「
そして前後の馬車の屋根に上がって見張りをしていた他の隊員達も警告の叫びを上げた。今やゴロゴロという音、そして迫る黒い影がはっきりわかる。
「崖崩れか!?」
「全員対衝撃!」
ラティアが叫び、俺はとにかく手すりをしっかりと握った。下にいる
敵はこちらよりもかなり数が多かった。落ちてきた丸太や岩はあまり大きな物や重い物がなかったが、なにしろ数が半端ではない。ということはよほどの大人数が崖の上にいると言う事になる。
だが実際に襲いかかってきた人数はその落下物から推測されるよりも少なかった。この状況で崖の上に人数を残す意味はないから、これが敵の全数だろう。確かに百人以上の手勢ではあるのだが、この人数ではあの初期攻撃はできないはずだ。
しかも襲ってきた者達は妙に連携が悪かった。手慣れていないというのか、勢いだけは立派だが人数を活かせていない。さらになぜか武装が貧弱で腕も悪い。槍や刀は持っているようだが、遠目に見ても粗末な物ばかり。鎧を付けている兵も少ない。
「なるべく殺すな!」
私は前後に叫んだ。この雨の中では全員に声が届く事はないが、私の命令を聞いた隊員がさらに遠くの隊員に叫ぶことによって素早く命令を行き渡らせることができる。
「
「……わかった」
やや返事が遅れたことが気になったが、確かめている暇はない。私は雨具を脱ぎ捨て、鴛鴦鉞もその上に放ると、
戦いは乱戦になった。だが敵はさほどの腕ではない。力はあるが、武技はほとんど身につけていないようだ。私は最初に感じた印象をさらに強くしながら襲いかかってくる男達を素手で次々に昏倒させていった。
私の後ろでは
その時、雨の壁の向こう側から子供の声がした。
崖の上!?
「
私は一声だけかけると崖を駆け上る。あと数人の敵が残っているが、これは他の者にまかせても問題ない。それよりも子供が崖の上にいることがおかしい。盗賊達の中に子供がいるとなればそれは浚われたとしか思えぬ。そのままにしておくわけにはいかなかった。
「待て、ラティア!」
登り切ったところにはわずかな平地があった。あたりは雑木に囲まれており、人の姿はない。だが子供の声は確かにここの付近からした。
「ラティア、いきなりどうした!戻るぞ」
「子供の声だ、そなたには聞こえなかったか!」
私は周りに目を配った。雨にさえぎられてはっきりせぬが、前方やや左の雑木林の奥に気配がある。
「聞こえたような気がするが、それがどうした。指揮官が本隊を離れては」
「こちらだ」
私は最後まで聞かずにまた走り出した。敵は全員崖の下だ、そう思って油断がなかったかと言われればあったと言わざるを得ない。だから私は突然飛んできた矢を受けきれなかった。
いや、その矢は当たりはしなかった。だがよけた時に私は体勢を崩した。二発目をさらに躱した時、足下の確認はできなかった。踏み出した足の下になんの感触もないことに気がついた時、私は崖の上にあった平地は実は平地でなく起伏に富んだ地形の尾根に過ぎなかったことを悟り、反対側の崖下に転げ落ちる事から逃れる為に傍の木に手を掛けた。
つるり
雨に濡れた木の幹は分厚い苔に覆われていた。玻璃の壺のように滑らかなその表面は私の支えにはならず、私はなにも出来ずに崖から転げ落ちていた。
不肖は虎刀を両手に一振りずつ持ち、右の刀を眼前に、左の刀を頭上に構えた。左後ろ二米の距離に蒙慮が手槍を構えて不肖の援護に入っておる。丘を駆け下りてきた男達がわめきながら槍や刀、薙刀などを振りかぶる。
不肖は突き出された槍の穂先を左の虎刀ではね、右の虎刀でたたらを踏んだ男の肩口を打ち据えた。刃は返しておるゆえ骨は折れようが死にはせぬ。姫様のご命令とあれば是非もない。
大柄な男が、絶叫を上げながら地に伏す仲間を蹴り飛ばすようにして踏み込んできた。武技もなにもなく、力任せに振り下ろされる薙刀を足さばきのみで躱し、左の虎刀で柄を斬りとばす。ずいぶんと粗末な造りの薙刀であったらしく、柄は枯れ木のように折れ飛んだ。
胴に叩き込まれた虎刀の峰に肋を打たれ、泡を吹きながら男がくずおれる。だが倒れながらも最後の力を振り絞って断ち切られた薙刀の柄を投げつけてきた。無論そんなものにどうこうされるわけもないが、無視もできぬ。不肖は返す刀でその木ぎれを弾いた。
弾いた先にはまさに斬りつけてこようかという男がいた。仲間が投げ、不肖が弾き飛ばした薙刀の柄を顔面に受け、鼻血を吹く。情けなくも刀を取り落として顔面を押さえた男の懐に踏み込み、虎刀を握った拳で当て身を入れた。
蒙慮が手槍を振り回し、不肖の横をすり抜けて馬車に向かおうとする賊共を叩き伏せる。いずれも多少の打ち身や骨折はしておるかもしれぬが、一人も殺しておらぬ。無論倒れた男達の急所に一撃を入れ、悶絶させる事は忘れぬ。
本来なればそのような戦い方はいたさぬ。敵は殺さねば殺されるのであり、いかに敵の技量が劣るとはいえ殺さずに制するなどという事は傲慢、増長、愚劣な事である。実戦においては技量に勝れば勝てるというものではない。弱者の狼狽した一振りに不覚を取った剣豪など珍しくもないのじゃ。
姫様もそのような事はわかっておられる。ゆえに戦いにおいて情けに流されて不殺の命令を下されるような事はない。だがそれをわかっておられる姫様があえて「殺すな」と指示されたのであればまずは従うべし。
八人を倒したところで敵はいなくなった。あたりは骨を折られ、投げられ、打ち据えられた男達の苦吟の声で満ちておる。不肖は下着までずぶ濡れになっておるのを感じながら重くなった上着を脱ぎ捨てると周りを見渡した。
「蒙慮、怪我は」
「ありませぬ。敵はどうやらこれで全部ですかな」
「そのようじゃが。しかし妙な敵じゃな。この程度の技量で山賊の真似事とは」
「ですな」
蒙慮も首をかしげておる。山賊、とはいうもののそのほとんどは兵隊崩れである。ゆえにここまで兵として未熟な事はめったにない。例え雑兵の質が低くとも、多少は手応えのある者がいるはずじゃが、これではまるで素人の集まりじゃ。
「点呼をしよう。死人はおらぬと思うが、怪我をした者がおるかもしれぬ」
「はっ」
蒙慮が馬車の反対側に走った数皮と放充看を呼んだ。すぐに答えが返る。周囲の馬車からも怪我人無し、との叫びが次々と上がった。
「ではこやつらを」
「姫様がいねえぞ!」
もっとも聞きたくない報告が響いた。二番隊の伸修がこちらに走ってくる。
「
「……」
不肖は一瞬「お探しせい!」と言いそうになって堪えた。あたりは暗く、地面は泥沼に変わりつつあり、そして周囲には百名以上の山賊がうめいておる。まずはこの状況を収めなくてはならなかった。
「この場で陣を張る!馬車を集め陣幕を張り、山賊共を拘束して入れてやれ。重傷の者には手当を。周囲警戒を怠るな」
「しかし姫様が」
「姫様には
「わかりました。俺は前の連中に伝えてきます」
「では私は後ろの方へ」
「頼む」
伸修と蒙慮がそれぞれ前方、後方へと走る。不肖が振り向いた時にはすでに数皮と放充看は馬車の中から陣幕を取りだし始めていた。
雨はいよいよ激しくなっていた。
雑木林の中はかなり急な坂になっていた。とっさに刀を投げ捨てて走ったために足を踏み外したラティアになんとか追いついたものの、支える事はできない。なにしろ三発目の矢が飛んできていたのだ。
俺はとっさにラティアを抱きかかえると矢の飛んでくる方向に背を向けて、雑木林の奥に飛び込んだ。もちろんそこは急斜面になっている。へたをすれば骨を折る程度では済まないが、他に出来る事はなかった。
「きゃ……!」「ぐうっ……!」
小さく悲鳴を上げるラティアを胸の中にすっぽりと収め、顎を引いて斜面を転がり落ちる。身体のあちこちに木の幹や枝、石などが食い込むが、鎖子を着込んでいた事が幸いして打ち身以外の怪我はなさそうだ。
転がり落ちていたのはほんの数果のことだったと思う。丘の途中がなだらかな地形になっていたらしく、俺達はその窪みのような平地のひときわ大きい茂みに埋もれるようにして止まっていた。俺とラティアは抱き合ったまま地面に転がっており、さらに言うなら俺が下でラティアが上だ。端から見ると横たわった俺の胸にラティアが寄り添っているような格好だな。
「……も、もうよい」
「黙ってろ」
なにやらラティアが動こうとするが低く声を掛けて止める。上から俺達は見えないとは思うが、まずは気配を殺して隠れなくてはならない。さきほどの矢の飛んできた位置、間隔からして敵は最低二人はいる。
ざあっ、と雨が俺達に降りそそぐ。生い茂る木がある程度雨を防いでくれるが、どちらにしても俺達はすでにずぶ濡れだ。
ふと気づくと俺の顔のすぐ傍にラティアの顔があった。雨に濡れたラティアの黒髪が頬に張り付いている。それが妙に綺麗で思わず見とれてしまい……そして目が合った。
「……」「……」
とっさに言葉が出てこない。ラティアもそれは同じらしく、俺達は雨の中、抱き合って地面に転がったまま、互いの目を見つめ合っていた。
「ゆ、
ふと我に返ったようにラティアの頬が赤く染まる。いかん、俺は何をしてるんだ。
「追ってはこんか」
俺は上から誰も降りてこない事を確認し、それからやっとラティアを抱いていた腕をゆるめた。そそくさとラティアが俺から離れる。
「あ、あの……助かった」
まだラティアの頬が赤い。俺も熱を持っている顔を雨で冷やしながら冷静を装った。
「どこか怪我はないか」
なるべく盾になれるように努めたはずだが、かなり派手に転がり落ちたからな。ラティアはこう見えて頑丈そうだが、とにかく女の子だ。
「大丈夫だ。そなたが護ってくれたおかげだな」
姿勢を低くして斜面の上を伺いながらラティアが俺の右横に位置を変えた。
「そなたは大丈夫か」
「ああ」
まだかなりあちこち痛いが、なんとか起きあがる。
「どうした」
「汚れている。それに刀はどうした」
ラティアはあまり汚れていないが、俺は斜面を転がり落ちたので泥だらけだった。
「ああ、刀は上だ」
俺は転がり落ちてきた斜面を指さした。
「投げ捨ててきてしまった。まあ後で拾えばいい。それに汚れなんか大したことじゃない。むしろ今はそちらの方がいいくらいだしな。それよりも隠れるぞ」
とにかくこんな所で妙な雰囲気になっている場合じゃない。空はいよいよ暗く雨は降り続き、そして俺達は丘の向こうの本隊と分断された。丘の上には弓矢を持った敵がいて、おそらくはまだ近くに潜んでいるだろう。ここは強行突破するよりも雨がしのげるところに隠れて助けを待つべきだ。
だんだんと冷えてきた。
私と
だが陽は沈み、気温が下がってきていた。濡れた服が容赦なく体温を奪っていく。
「ラティア、服を脱げ」
「……は?」
何を言われたかわからず聞き返してから慌てて前を押さえる。
「な、なにを」
「いや、すまん。変な意味じゃないぞ」
「濡れた服を着ていたら身体に悪いから、上着を脱いで代わりにこれを羽織ってろ。汚れてはいるがいくらかはマシなはずだ」
そう言うと
「あ、ああ」
なるほどそう言う意味か。私は
上着を脱ぎ、袴も脱ぐ。身につけているのは下穿きと袖無しの内袖だけという裸とあまり変わらない格好に雨具を羽織る。ずぶ濡れになった上着と袴はずいぶんと重かった。本当は下着もすべて脱いで乾かすべきだが、さすがにそれは出来ぬ。というよりも男性の前で上着を脱ぐなどと言う真似をする事自体が論外なのだが……襲われても文句は言えぬ。だが不思議と
「もう良いぞ」
声を掛けると微動だにせずに背を向けて立っていた
「なにか変か」
「いや、俺の故郷に雲なし人形ってのがあってな。こう、四角い布に丸めた紙とか布を入れて頭みたいにして、首の所を紐で結ぶんだが」
「なんだかその人形みたいな格好だな、と」
「む……」
言われてみれば頭から雨具をかぶって素足を出した私はその人形にそっくりかもしれぬ。無論好きでそんな格好になったわけではないのだが。
「さて、
「そうだな」
私は
「
「ああ」
私は雨具の袖から手を入れ、内袖の脇に挿している隠剣を握った。
「
「おそらく違う。ここまで殺気を隠せぬほど未熟な隊員はおらぬ」
「伏兵はいないようだな。先手を取るぞ」
「承知」
私は互いに動きやすくなるよう、さりげなく
「俺が突入する。援護を頼む」
「任せるがよい」
「ちっ」
「
私は叫んだ。同時に
止まる気などなかった。敵は殺すしかない。殺し合いになればそこにはただ冷酷な現実があるだけだ。勝った者は殺した者。負けた者は死んだ者。卑怯も裏切りも何もない。それだけが戦い、斬り合いと言うものだ。
例え、その敵が子供だとしても。
そう、俺が今まさに斬ろうとしているのは十を幾つも過ぎていないと思われる子供だった。
だが、その子供は敵だ。明確に俺に敵意を持ち、殺す気でいる。ならば是非もなし。
短刀を振り上げる。後はただ振り下ろすだけでその子供の首を裂ける。
ヒュン!
殺気はなく、だが放っておく事も出来ない勢いでラティアの投げた隠剣は俺の背中に走った。これ以上はない明確な意志。無視して子供を斬り捨てることも出来るが、俺は振り向きざまにその隠剣をたたき落とした。さらに返す刀で茂みの中から飛んできた弱々しい勢いの矢を斬りとばし、左掌でなにか喚きながら突進してくる子供を突き飛ばす。
無視は出来ない。
「子供だからか」
俺はその場に立ち止まり、振り返るような形でラティアに目を向けた。
「それとも知り合いかなにかか」
「……子供だ。そなたを傷つけるような力も持たぬ。殺す事はない」
「なんだそれは。ラティア、それは何の冗談だ」
「冗談では……」
「じゃあなんだ。こいつ等は敵だ。特務や
また矢が飛んでくる。俺は今度はそれを見もせずに弾き飛ばした。さっき突き飛ばした子供は気を失っているらしく、まだ起きあがれない。
「だが子供は子供だ……しかも弱い。斬るほどのことでは……」
「ふざけるな!!」
俺は怒鳴った。
「じゃあなにか、自分より強い奴しか相手にせんのか。力がないから見逃すのか。なんだそれは。この前斬った特務の剣士とこいつ等の命に何の差がある!?奴らにも親がいたはずだ。妻や子もいたかもしれん。殺されれば悲しむ人がいたはずだ、こんな野良犬みたいな餓鬼共よりもな!だが俺もお前も奴らを斬ったよな。殺したよな。奴らを斬って餓鬼を助ける、その理屈はなんだ!言ってみろ!」
ラティアはただ拳を握りしめて俺を見た。歯を食いしばり、瞳を怒らせ……だが何も言えずに俺を睨む。
……わかっている。この子供達は戦うしか生きる術がないのだろう。敵わぬと知りながら、力がない事を承知しながら、それでも刀を握るしか出来る事がない。そして俺達はこの子供達がかすり傷ひとつすらつける事の出来る相手ではない。特務の剣士や白狼とは違うのだ。助けようと思えば助けられる。
だがそれは偽善以外の何物でもないことはラティアもわかっている。理屈は通らない。そう言う問題ではない。それは、生き方の問題だ。
そしてその一点において、俺とラティアは絶対に交わらない。
「俺は斬るぞ。俺を殺そうとする者は、俺が殺す。子供も、女も、老人もだ」
それが出来ずに剣士といえるか。それが出来ずに俺は今まで斬ってきた奴らに顔が向けられるのか。それが出来ずに俺は……生きていけるのか。
「では私はそれを止める」
ラティアは踏み出した。そのまま俺と倒れた子供の間に足を進める。両手には隠剣を握っていた。
「私は例え敵であっても救える者は救う。それが私だ」
「話はこれまでか」
「……そうだな」
俺とラティアは四米ほどの距離をおいて向かい合った。怯えているのか、茂みから矢はもう飛んでこない。俺は雨に打たれながら短刀を斜めに構えた。
後になって冷静になってみれば、別に俺達は戦う必要などなかった。あの矢から考えて斜面の上で襲ってきたのはこの子供達なのは間違いない。つまり敵は無力であり、そのまま放っておいて本隊と合流すればよかったのだ。
だが俺達は互いに武器を持って対峙していた。譲れないものがあり、それをなかった事にして元の関係に……あるいは少し違った関係に……なることはできなかった。
剣を持つ理由。
それは何よりも重いものだから。
「はいはいそれまで、それまで」
壬諷が睨み合う二人の間に割って入った。
「姫様、そんなもの仕舞ってください。
「俺に剣を向けた以上、ラティアは
やれやれ、すっかり覚悟が決まってしまってる。この男、案外熱くなる奴だったんだな。まあそう言う奴は嫌いじゃないがね。
私は剣を鞘ごと腰から抜くと、それを壬諷に放った。壬諷が慌ててそれを受け取る。それを確かめてから私は
「何の真似だ」
「姫の無礼は私が詫びましょう。気が済まなければまず私を斬りなさい。それですべて貸し借りなしですよ」
もちろん一番組長の私を斬ればその瞬間から
私は
「……わかった」
刀を鞘に収めた。
「前言を撤回する。ラティア、すまなかった。
とうてい納得したとは思えなかったが、それでも
だがウチの姫様はあいにくとそこまでまだ人間が練れていない。黙って隠剣を雨具の中に仕舞うと、ぷいと顔を逸らした。
「済まんな、
「謝る必要などない!」
姫様が怒鳴った。
「
あえて言えばその態度に対して、だがね。私個人としては
「まあそれはともかく、戻りませんか。いつまでもこんな所にいるのもつまらんですし、その子供達も連れて行かなくちゃならんでしょう。それに賊共の始末もつけなくちゃならんですよ」
私は壬諷から剣を受け取って腰に戻した。上で拾った芦葉刀を
人の山田様が見てる
凉武装商隊 since 1998/5/19 (counter set:2004/4/18)