第十三段 旅の続き
小樹
僕は幸せ、という言葉を噛みしめながら『値可』の屋根に登って初夏の風に吹かれていた。隣には菊花が座っている。身体の弱い菊花さんは医馬車の常連で、猷示さんが警備当番などの時にはここに来るのが日課になっている。
「今日は棉紗はいないの?」
たいてい一緒にいるのに。
「勉強だそうよ。馬車の中は酔うからやめなさいって言うのにきかないんだから」
「頑張ってるね」
「……そうね」
菊花さんは微笑むと大きな帽子を軽くかぶりなおした。
特赦を受けた棉紗はそのまま凉武装商隊に引き取られた。手先の器用な棉紗はみんなの服の繕い物とか父さんの手伝いとかで結構重宝されていたりする。
菊花さんは監察方に見習いで参加して閃様の指導を受けている。覚えが良くて回転が速くて、そしてなによりも実践に強いらしい。もちろんまだまだ経験では閃様達には及ばないんだけど、まだ十三なんだから急ぐ事はないと思う。
「猷示さんはどこかな」
「あれじゃないの?」
菊花さんが右手の方を指さした。そこには二組の騎馬がいる。片方は姫様だ。もう一人は男の人ってことくらいしかここからじゃ判らないけど、菊花さんがそう言うならそうなんだろうな。
それに猷示さんは姫様だけの保刃だ。凉が雇っているわけじゃなくて、姫様が自分のお金で雇っている。その意味するところがわからないほど僕も子供じゃないつもりだよ。
多分菊花さんは内心複雑だと思う。菊花さんが猷示さんの事をとても好きなのはわかってる。今まで二人だけで生きてきたんだもの、きっとそれはただの兄に対する感情じゃないんだろう。だから僕は自分の気持ちを打ち明けたりする気はない。
でも焦らなくてもいい。
猷示さんと菊花さんはまだ当分……もしかしたら、ずっと僕たちと一緒にいる。何年かすれば僕ももう少しちゃんとした男になる。だから今は菊花さんがここにいてくれるだけでいい。
明日には次の街に着く。そこで皇都から持ってきた布とか服を売り、その街の特産品を仕入れる。
まだ旅は続くんだ。